スイカごっこ

今のところ創作の話を少々のびのびゴロゴロと

握った手を離さない

透明な液体の中に揺れる、花。
コタツの上に置いたビンを眺める。
頬杖をついたまま。


ビンの中に、透明な液体、そして花。

液体の中で、花が動いているように見える。
それだけのことだ。

それだけのことが、あたしを喜ばせてくれる。

 

この液体は水なのかな。

ビンを少しだけ傾けてみる。

透明なオイルかな。

さらりとはしていない液体の中で、花がゆらゆら。

 

「ねえリョウカちゃん」


サトルがコタツに入ってきた。


「なに、サトル」


呼びかけられたので、返事してみる。

 

サトルはぼんやりコタツの上を、見ているような、見ていないような。
いつもどおりのトレーナー。
コタツの上で、ビンに入った透明なオイルがまた揺れる。
淡い桃色と水色の花がゆらゆら。

 

「手を握ってほしくない?」

 

特に握ってほしくはない。
けど、サトルはあたしの手を握った。
あたしの両頬を支えていた頬杖が、片方だけ外れた。

 

よくわからない男だ。

サトルはあたしの手を握りながら、目を閉じてコタツの上に突っ伏した。


「今、リョウカちゃんの横顔」


顔だけこちらに向けた。


「寂しそうに見えたから」


でも、あたしを見てはいない。

 

特に寂しくはなかった。
サトルはよく、こういうことを言う。
そのたびにあたしは、どう返事すればいいのか迷う。
そして、あたしを見ていないサトルの目を見て、返事は要らないんだな、と思い直す。
黙って左手を握られている。

 

ここは工場の寮だ。
派遣会社の寮。
あたしは最初、ほかの人と暮らしていた。
女性がほかにふたり。

 

だけど、サトルと工場で出会って、サトルとふたりで暮らすことにした。
派遣会社に希望を出した。
前の寮を引き払って、サトルのワンルームの寮に転がり込んだ。

 

寮は基本的にひとり1部屋。
あたしが前に住んでたのは3DKのアパートだった。
3つの部屋に、女性が3人。


今度はワンルームのアパート。
ワンルームに、男と女がひとりずつ。
前より狭くなった。

狭い上に、よくこんなふうに、グニャグニャした出来事が起きる。
サトルは基本的に、なんだかグニャグニャしている。

 

サトルはよく泣く。

まあ、好きなんだけど。
なんかグニャグニャしたサトルのことが。

今日は休みだから、ぐだぐだしてる。
グニャグニャしたサトルと、ぐだぐだした時間を過ごす。

 

コタツの上のビンを見る。
もう花の揺れはおさまっている。
また揺れてくれないかな。
花を揺らすためにコタツを動かすと、サトルが驚くかな。

 


買い物に行ったときに偶然見かけた、ビンの中の揺れる保存花に一目惚れした。
商品の名前は「ハーバリウム」と書かかれていた。
サトルとどっちが好きなんだろう。
どっちも好き。

 

コタツの上に、小さなミラーがぽつん。
あたしが置きっぱなしにした鏡。
何に使うつもりだったのか、何に使ったのか、忘れた。
そういえば眉毛がボサボサになってきたから、カットしないといけないんだった。

 

手を握られてるから、今はできない。
握られてるのは左手だから、無理すればできるかな。
あたしは右利きだから。
でも相当無理しないとできないかな。
片手ではさみ使うのは怖いな。
眉毛のハサミって何であんなにとがってるのかな。
切り過ぎてしまっても、ハサミを顔に突き刺してしまっても嫌だな。

今はやめておこう。

 

サトル、寝てるのかな。
サトルはあたしの左隣に座って、コタツの上にぐにゃりともたれかかってる。
目は開いてるけど。
あ、閉じた。
眠いのかな。

 

太陽が動く。
今日は休みで、明日から夜勤に切り替わる。
だから、明日は今くらいの時間にはまだ寝てる。


午後の日差しが動く。
カーテンは閉まってるのに。
布が薄すぎて光がまぶしい。

 

サトルは窓に背中を向けている。
後ろからの光で髪の色が輝いてるみたい。
あたしだけまぶしい。

 

右手で、鏡を開く。
フタがついている小さな鏡。
そのフタを、片手で開ける。

 

子供のころやったような、そうでもないような。
光の反射。

人に向けると、誰かに怒られた気がする。
人に向けちゃいけないんだね。
ビンに入った花ならいいのかな。

 

光に鏡を当てて、反射させる。
反射した光を、ビンに入った花に当てる。
ビンに入った、オイルの中の花。

 

ゆらゆら。
光がゆらゆら。
オイルも揺れてるといいのに。

 

太陽はまだ動いている。
ずっと動いている。
あたしたちが乗った地球も動いている。
確かそんな感じ。


光の位置がずれて行く。
もうすぐ、窓から光が入らなくなる。
あたしの今日のまぶしさが終わる。

 

光の角度が変わって、太陽の光を反射させるのが難しくなってきた。
だからというわけじゃないけど、サトルの閉じたまぶたに反射した光が当たった。
あ。
ごめん、わざとじゃない。

 

起きない。

息はしてる。
これはまた、頑固なぐにゃぐにゃですね。

 

窓から入る光は、もう反射できない。
太陽がずれたから。
部屋の中は暗くはないけど、反射できるほどの光もない。

 

あたしは鏡で光を反射させるという娯楽を失い、何を楽しみに生きればいいのか、一瞬わからなくなった。
握られた手を見る。
ああ、そういうことか。

 

サトルに左手を握られたまま、コタツのそばに置いてたブランケットに手を伸ばす。
届かない。
もうちょっと。
届いた。
手がつりそう。
片手で引き寄せたブランケットを、やっぱり片手で広げて、サトルの上半身にかける。
ぐにゃぐにゃしたサトルを暖めるべく。

 

手がつった。
今ごろになって右手がつった。
なんだかバカバカしくなって、あたしの手を、サトルの手からそっと引き抜く。
ぽつんと残ったサトルの手を、ブランケットの余ったところでふわりとくるむ。

 

あたしは静かにコタツから出て、お風呂場に行く。

午前中にお風呂を洗っておいてよかった。
浴槽の排水溝にゴム栓をぎゅっと入れる。
蛇口をひねる。
忘れそうだな。
この寮、お風呂のお湯を自動的に止めてくれる機能ないから。

 

忘れそうなので自分の手の甲を叩く。
ペチン。
お風呂、お湯、止める。
ペチン。ペチン。ペチン。

 

確認のため冷蔵庫を開ける。
甘い物を食べさせたい。
無理矢理食べさせることもできないから、サトルの気分次第だけど。
記憶の通り、冷蔵庫にはプリン。
午前中に買い物もしておいてよかった。
一緒に買い物に行った、サトルと。

 

飲み物はあるかな。
暖かい、甘い物と合うような、お茶がいいかな。
台所の引き出しを開けてチェック。
こないだ買ったお茶。
お湯を沸かして……、ううん、出す直前にわかすほうがいいね、きっと。

 

あとは何だろう。
冷え切るとグニャグニャするという生態を持つサトルを、ぬくぬく暖めて甘やかすために必要な物は。

 

考えてる途中で、自分の手の甲を見て思いだす。
お湯を止めないと。

お風呂場に戻って、お湯を止めて、浴槽にフタをして、お風呂場から出る。

ただひとつの部屋の中でサトルが上半身を起こしていた。

 

「どこ行ったのかと思った」


サトルが言う。
あたしは答える。


「お風呂の用意しようと思って」

「風呂?」
「サトル、手が」
「冷たい?」
「冷たいとまでは行かないんだけど、なんか冷えてる感じ」
「そうかな……」


ぼんやりとサトルは言う。

 

サトルのいるコタツを遠目に見ながら、あたしは思案する。
サトルに甘い物を食べさせてやりたい。
サトルに温かいお茶を飲ませてやりたい。
サトルをお風呂に入れて、ぽかぽかにしてやりたい。
ぬくぬく甘やかしてやりたい。

 

と、思っていたんだけど。

ご飯が先かもしれない。
甘い物を先に食べるのはルール違反なのかな。
何のルールなのかわからないけど。

 

「サトル、晩ご飯、何かリクエストある?」


サトルはふだんは料理できる男だ。
ではあるけど、グニャグニャしてるときに料理作らせる気になれない。
あたしは甘やかしたい、サトルを。

 

「とくにない」


サトルは言った。
確かにそうかもしれない。
食べたいものがないのかもしれないし、冷蔵庫の中身を覚えてないのかもしれない。
午前中に買い物に行ったから、今さらリクエストのために買い物行かない。
サトルはわかってる。

 

じゃあ、まあ、あたしが得意なやつを作ろう。
サトルを甘やかす目的だったのに、あたしが得意な物を作っていいのかな。
なんだか当初の目的とずれてる気がする。

 

あたしは晩ご飯の準備に入る前に、コタツに戻った。
サトルの手を握る。

 

「何、どうしたのリョウカちゃん」
「うん」

 

なんとも返事できずに、うん、うん。
うんとしか言えない。
手を握った理由はひとつだよ。

 

君の横顔が寂しそうだったから。

 

(おわり 014/030)

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

何ということもない話なんですが、日勤と夜勤が切り替わる休日ということで、ふたりともだる~い、起きているのに水中でユラユラしているイメージの話のつもりでございました。

 

↓直接的な内容のつながりはないけれども、日勤と夜勤、両方の時間帯が出てくる話。

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↓勤務の時間帯が替わっても、特に影響を受けないタイプの人の話。睡眠短いマン。

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