スイカごっこ

今のところ創作の話を少々のびのびゴロゴロと

進みたいぜウォー!(ありがたや)

あ~。

ゴロゴロ。

スイカですどうもゴロゴロ。

転がりながらで失礼します…。

 

というスイカのフリはいいんだけども。

ブログ放置しすぎたなあ。

という意味でのブログ更新です。

なんか、世の中、大変なことになっているなゴロゴロ…。

 

中断前に上げたブログで私は何と言っていたっけか。

忘れてしまったが、「英語を勉強したい」とやる気ムンムンだったはず。

今は…今も英語の勉強中だけども、合間を縫って編み物してたりして、わけがわからない状態になっている、ような。

またか…。よく混乱してる。

さくらんスイカ。

 

とりあえずやった問題集。

 

ENGLISH EX

 やっておきたい英語長文500 (河合塾SERIES)

英文読解の透視図

 

これだけ?

 

年をまたいで「ENGLISH EX」をやっと終えた。

…のは、前に書きましたっけ。

自分でも覚えていなかった…。

 

「やっておきたい」のほうは700までですね。300、500、700が終わりました。そして1000挑戦をためらっている、ためらいスイカ。

700までが終わったからといって完璧に理解しているかというと、そうでもない。

 

あと今やっているのが

 

全解説頻出英文法・語法問題1000 (大学受験スーパーゼミ)

 

と、

 

基礎英文解釈の技術100 (大学受験スーパーゼミ徹底攻略)

 

下のこれ↑は、通販で古本を買ったら表紙デザインが今のものと違っていた…。

中身も違うのかどうかはわかりません。

前の持ち主の書き込みが途中まで残っているので、前の持ち主よりは先に進みたいぜウォー!

という、よくわからない意気込み。

 

わたくし、特に問題集なんかで、本に文字を書き込んだ挙句、古本屋に売る人が大好きなもので、前の持ち主の書き込みが、それも途中まで書き込んであったりするとテンションが上がります。

 

ここで脱落したのかウォー!

追い抜いてやるぜウォー!

 

対抗心バリバリですが…。いや、問題集を進めるモチベを保つのに役立つので、好意は持っています。見下してもおりません。

ありがとう、前の持ち主さん。

嫌味っぽいですかね、特に嫌味ではないんですが。単なる本心。

 

個人的に…問題集は、マジで意味わからなくて心がすぐに折れるのでなかなか終わらない…。という、どうしようもない真実。

 

あと、問題集ではないが、読んだ本。

 

総合英語Forest 7th Edition

ALL IN ONE

 

これだけ?

自分的にはもっと読んでる気がしたんだが、少ないなあ。

 

上のは定番の文法書ですね。

「英文読解の透視図」の付録の小冊子に書かれていた、基本的な文法、みたいなものがものすごくわかりやすくて、目からウロコが落ちまくったのがこの本を買ったきっかけです。

 

「やっぱり、有名な本はわかりやすいのかなあ」と思ったもので。

そんなわけで、有名どころっぽい文法書を読むことにしました。

読んだ感想?特にない。

 

無生物主語の場合は目的語を主語として訳したほうが自然、とか…あと何だ、名詞なんだけども、動詞とか形容詞っぽく訳さないと不自然な文章があるとか…。

うすうす思っていたことがハッキリ書かれているなあとか。それくらい。

 

あと、アプリ。

 

play.google.com

 

これだけ?

 

いや、これもあった。

 

play.google.com

play.google.com

 

下のふたつは単語を覚えるためのアプリですね。

「HAMARU」のスペル編が大変楽しくて、タイトル通り本当にハマっていたけども、だんだん私のスペルミスが多くなってきて面倒になってやめていた…。

 

つづりが似たような単語、動詞形とか形容詞形、副詞形といった単語のバリエーションが多く出題される気がします。

それも最後が「ry」だったり「ly」だったり「lly」だったり、微妙に違う単語が出てきてややこしくて、わたくし、間違いまくりでございました…。今でも単語の変化の法則がよくわかりません。法則があるのかどうかも。

 

「mikan」は、アプリの説明に「ゲームで単語を覚える」とありますが、単語帳っぽい感じがします。ある程度の数の単語を覚えるには重宝したんですが、ある程度を超えると単語帳っぽいものでは覚え切れない気がします。いや、わかりませんけど。私の場合は。

 

英字新聞とか、何だろ、とにかく実際の英文を読んだほうがいいんかなあ、そこで知らない単語に出くわして調べる、というのをやったほうが。という感想。

 

あ、書き忘れてた。「英語物語」は、英語に関する総合的な問題を出してくれる、クイズアプリですね。日本列島を旅しながら英語クイズに答えて、敵をバッタバッタとなぎ倒す…。

 

わたくしも、一応日本列島はクリアしました。何回かコンティニューしてしまったので、完璧なクリアとは言い難いのかもしれませんが。クリア後も続けてはいますが、続けるモチベが下がり、あまり熱心にはやっておりませぬ。

 

「今は、やっていない」ばかりになってしまったな。一時期は本当にハマってよくやっていたんだがなあ~。特に「英語物語」は文法問題も、その他、発音記号の問題、英会話でよく出てくる言い回し等、問題が多岐にわたっていて、非常にためになりました。

 

あと、参考書でも問題集でもないが読んだ本。英語に関するものだけ。

 

翻訳夜話 (文春新書)

小説の読み方、書き方、訳し方 (河出文庫)

日本人の英文法 完全治療クリニック (アルク・ライブラリー)

日本人の9割が間違える英語表現100 (ちくま新書)

越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文 あなたはこれをどう訳しますか? (ディスカヴァー携書)

名訳を生み出す翻訳トレーニング

社会人英語部の衝撃 (中経出版)

 

感想は…特にない。

そうか~」という。

問題集の合間に息抜きがわりに、はっふぅほっふぅ読みました。

今も終わってないんですが、問題集。

 

あと、スヌーピーの漫画。

The Complete Peanuts Vol. 1: 1950-1952 (English Edition)

The Complete Peanuts Vol. 1: 1950-1952 (English Edition)

 

 

全集のリンクしかない…。

実際のわたくしは、全集を買うほど余裕がなかったために、非全集の何冊かを古本で買いました。

 

谷川俊太郎さんが訳をしてらっしゃるのと、作者のチャールズ・シュルツさんの手描きの元のセリフも書かれているので、スヌーピーと谷川俊太郎さんのにわかファンのわたくしにとって、Wでお得な感じがいたします。

 

と書くとシュルツさんのファンではなく、スヌーピーのファンなのかという感じがしてしまいますが。いやもう、シュルツさんと谷川俊太郎さんとスヌーピーさんと。

さん付けするとこ間違ってるような。

 

あと、今さらなのかもしれないんですが、伊藤和夫さんの本を読もうかと思っていて、これを買いました。買っただけでまだ読んでおりませんが。

 

英文解釈教室 入門編

 

3部作らしいので、全部ゲットできるといいなあ。古本で、ですけども…。新しい本は高くて…。うう、なんか予期せず貧乏くさい話になってきた。

 

英文を左から右へ、頭から順番通りに訳す、そのときの考え方を解説してくれている本らしいので、読むのが楽しみなのでした。いつも、「え、動詞どうだったっけ」等、何度も文章の最初のほうに戻って読み返して、みたいなことをやっていて、時間かかって仕方ないもので。一度でスラッと読めるようになりたいです…。

 

それと今、STEAMでオータムセールをやっていて、これを買おうかどうしようか迷っています…が、買うかなあ、たぶん買う。

 

 

ガブリエルナイト。ミステリーものです。

アドベンチャーゲームで、ポイント&クリックらしい。そういうタグが付いておりました。日本語が入っていないので、英語で物語を理解する練習になるかなあと…英語の字幕があるとありがたいんだけども、どうなんだろう…。セールが12月1日だか2日までらしいので早く決めないと…。 

 

そんな感じでございます。

今年中に問題集終わるんだろか…。編み物もしているんだが、それも記録としてブログに書いといたほうがいいんだろうか。

 

そんな葛藤を抱えつつ、ひとまずさらば。

休みすぎたらまた戻ってきましょう。

(たぶん)

 

 

今週のお題「感謝したいこと」

 

まだやってる(終わらない)(いや終わる)(やってればいつかは終わる)

「Stay Home」なのか「Stay at Home」なのかよくわからない(という)問題には片がついたのでしょうか。

あと、「Home」は大文字なんでしょうか。冠詞は要らないの?

英語って難しいねえ。

いまだに去年からやってる問題集が終わらない…。

難しさのせいというよりも、怠惰のせいのような気もする。

 

私は…個人的には、特にいつもと変わるところはありません。

ふだんからI stay at home…んだからatは要るのか、homeは大文字なのかというのがよくわからないのですが。ふだんからステイホーム派です。

 

マイ「おうち時間」は英語強化時間なのですよ。

この自粛期間が終わったら、私、英語の天才になる!とか思って。

わかってますけど、あとから天才にはなれんだろうとか。

なれたとしても秀才で、でも秀才になるのだって、ものすごいことで。

みたいな、天才/秀才理論もどうでもいいんですけども。

 

このブログは、創作の話を書いていくブログ…のつもりだったんですが、創作のお話を今したとこで、みんな大変なのに…誰か読むんだろうか…という感じが個人的にはして、あまりやる気が出ない…。

いつもないやる気がさらになくなる…。

という感じに陥っている私です、どうも。

あ、というとほかのブログに喧嘩売ってる感じですかね。いえ、そんなつもりはありませんでした。ほかの方のブログが更新されるのは、楽しみにしております、はい。

こんなときだからこそ、「読む(見る)ものがある」ということに救われております。

人のブログは楽しいですね。はい。

何を必死に取り繕っているのだろうか…。いや、本音なのに、なぜか取り繕ってる感がすごいのはなぜなのか…。

 

というわけで、このブログは一時停止中でございますね。

ご時世に関係なく、ふだんからしょっちゅう止まってますけどね。

たびたびエンストするブログです、どうも。

細く長く。

糸ブログ。

前に公開した話同士のリンク貼ったり、いろいろとやるべきブログ作業があったはずだけれども、後回しになっておりますね…。いつかやる…(たぶん)。

 

まあそんなわけで、ブログで公開するものを作ってない時間、を英語強化に充てようと思ったのです。

個人的に、いつもと変わりないのはそうなんですが、いつもより迷いが消えました。

確信をもって、英語の問題集をやろうという気になった…という言い方も変ですか。変ですね。まあそうなんだけど。

いつも、「私、今、こんなことをしていていいのだろうか、そわそわ」と、そわそわしながらブログ書いていたりするので。無駄な迷いにそわそわ。

 

英語なあ~。

問題集をやってみても、問題集のレベルに負けるという、最弱レベルからのスタートですよ。わたくし、学生時代も特に英語が得意というわけではなかったもので。

というわけで、英単語の意味もわからんし、ルールも覚え切れんし、「きぃ~っ!」、でも「私、いつか英語の天才になる!」って感じでやっております。

いやぁ、そうでも思わんとやってられん…。

最終的に天才になるならやってみようかってギリ思える感じで、最終レベルがしょぼいんなら、もう、今すぐやめたい…。

んだから、私、天才になる!

(そうでも思ってないとやってられん)。

 

マイおうち時間は天才になるための準備期間でございます…。

いつ天才になるのだろう…ならんだろうけど…。

なれたとしても、たぶん200年後くらいだと思うけども…。

 

今は、200年後の天才の準備期間なのでございます。

 

 

 

お題「#おうち時間

またお越しくださいませ

旅はいつか終わる。
新たな旅に出るという形で。
日常に旅に出る。
つまり、家に帰る。

 

台めのバスの中で、加藤杯治(ハイジ) の隣の座席の床沢(ゆかさわ) 健吾が、うつろな目で前を向いたまま言った。

 

「筋肉痛が直らない……。4泊5日のあいだ、ほぼずっと筋肉痛だった」

 

高校生たちの集団はバスに揺られながら、思い思いの会話を交わしていた。
オリエンテーション合宿と銘打った、クラスメイトとの親睦を目的とした行事の帰途である。
行きのバスは静かだったことを思うと、行事の目的は達成されたといってもいい……のかもしれなかった。

 

「わかる。僕もいまだに筋肉痛だよ」

 

杯治も、座席に座って前を向いたままつぶやくように言う。
隣の席の床沢は、宿泊施設でも杯治と同じ部屋だった。
そこで、ともに芋虫のように自由時間をうねうねゴロゴロして過ごすことにした同士だった。
杯治は途中、何度か兄と会うために芋虫を脱皮せざるを得なかったが、同じ部屋で芋虫になったメンバーを、心の中では同士だと感じていた。

 

できればもうちょっとカッコいい同士のほうがよかった気がするが、こんなものなのだろう。
杯治は、ゆるゆるとため息をつき、目を閉じた。
筋肉痛のせいなのか、やたらと眠い。

 

***

 

台めのバスの中では、前のほうの座席に座ったカメラマン餅居(もちい) 一馬が、女子生徒・佐凪(さなぎ) 花穂に困惑させられていた。

 

「カメラマンさんさぁ」
「餅居です、何度も言ってるけど」
「餅居さんさぁ、つきあってるの?」
「つきあってないから。もう席に戻って」
「えぇ~、つきあってないの~? じゃあなんで洗濯室で音田(おとだ) 先生と一緒にいたの~」

 

バスの一番前の座席は、空席だった。
佐凪は、そこに置かれている荷物などをよけて、バスの進行方向とは逆の方向を向いて座席に膝立ちしていた。
そして真後ろの席の餅居に、座席の上から身を乗り出して繰り返し尋ね、話しかける。

 

「『コンタクトォー!』」
「もう勘弁して……。君、顔色悪いのに元気だね」
「顔色マジでさぁ、凍えて以来、なんか戻らないんだよね。今日寝坊したのは悪かったと思ってる、ごめん。朝ごはんのあと2度寝しちゃって。でさぁ、あれは結局、何だったの? コンタクト、先生のだったんでしょ?」
「ああ、洗濯室に落ちてたコンタクト? そう、宿の人がせっかく拾ってくれて、落とし主を捜そうとしてくれたんだけど。音田先生のコンタクトは使い捨てレンズだったから意味がなかったという」
「『捨ててください……』」
「うん」

 

ウワサに上っている当の教師・音田は、1台めのバスに乗っていた。
このバスに乗っている教師ふたりは、互いに何かを話し合っていて、佐凪たちの会話を聞きとがめはしなかった。

 

「なんでふたりで洗濯室で会ってたの?」
「別に会ってたわけじゃないんだよ、音田先生も洗濯してたってだけ。行きのバスの中で、戻した生徒さんがいたとかで服が汚れたと言っていたよ」
「えぇ~。なにそれ、つまんない。じゃあもうさぁ、これを機につきあっちゃいなよ」
「つきあわないよ……」
「つきあっちゃいなよ、餅居」
「なんで呼び捨てにされてるんだか……。つきあいません」
「えぇ~」

 

***

 

台めのバスの中では、真ん中付近の座席に、女生徒4人がぐったりと座っていた。
4人は、ミカンに思いを残していた。
この合宿でミカンに対する執着が生まれた4人組である。

前の座席で4人組のうちふたりが語り合っていた。

 

「来るとき、道の駅で休憩したよね。帰りも寄るみたいだし、道の駅にミカン売ってないかな」
「売ってたら買う。けど、道の駅で買い物してもいいのかな?」
「さあ」


そのふたりの後ろの座席で、目を閉じ、眠っていたかのように見えた三串(みくし) 香織が唐突につぶやいた。

 

「ミカン」

 

三串の隣に座っていた品子(しなこ) 絵里は、その言葉につられて三串のほうに顔を向けた。
三串は目を閉じている。
品子は、なんと声をかけていいのかわからず、ただ三串の頭をなでた。

 

***

 

台めのバスの中では、一番前の座席で、養護教諭・淵見(ふちみ) 梨穂が、メガネの女生徒・小崎衣緒と言葉を交わしていた。

 

「酔い止め、効いてきた?」
「わからないけど、眠くなってきました」
「そう。眠れるなら眠ってしまったほうがいいかも」
「あの宿の人、何だったんだろう……。イケメンだったけど、怪しかった……。もあい
「モアイ?」
のすんごくしい、ケメンのスタッフ」
「ああ」

 

養護教諭・淵見は、それ以上何も言わなかった。

 

***

 

宿泊施設「ログキャビン・イルズク」のスタッフルームでは、スタッフの加藤渡瀬が、上司・加藤兼人(けんと) に報告をしている。

 

「もうすぐトラーリ株式会社さんがチェックアウトするそうです。俺、ちょっとここ抜けて良いですか?」
「え、今ですか? 第2棟の植矢高校のチェックアウトが済んだので、ルームメイクのヘルプに入ってほしいんですけどね」
「すみません、5分だけ」
「ああ、トラーリ株式会社さんの新入社員……、じゃなかった、上司の方が渡瀬くんのお兄さん、でしたっけ」
「いえ、役職ついてない先輩社員のほうが兄です」
「え、そうだっけ。ややこしいですね」
「すみません」
「いいですよ、5分くらいなら。第2棟は甘木さんがいますからね。彼女ならひとりでルームメイクできるでしょうけど、でもヘルプには行ってください」
「はい。すみません、行ってきます」

 

***

 

ルズク第1棟のロビーでは、新人社員のあいだでいさかいが起きていた。

 

「覚えてるがいい、湾田。われわれを罠にかけたことは忘れない」

 

女性の新人社員・英川夏海が、男性の新人社員・湾田翔介に宣言した。

 

「なんで俺だけなんだよ。塔野だって取井だって俺と同じチームだったのに」
「それはもう、なんというか人徳だな。マイナス人徳。あんたがいなきゃ、必要のないリプを延々して先輩にご迷惑をおかけするという事件は起きなかった」
「いや、あれはもう俺らだって信じ込んでたんだよ。罠ではまったくないって。しつこいなもう」
「私の長所は最後まであきらめないことだ」
「あんたもかよ。俺もだよ」
「もうやめときなって……。研修も終わったし、あとは帰るだけだし。ほら一時休戦。続きはプライベートでやってください」

 

言い合うふたりのあいだに、同じく新人社員の椎原澪が割って入った。
しぶしぶ引き下がった英川に、椎原が付き添う。
英川から解放された湾田は、ロビーの隅でのんびり話をしていた同期の新人社員・塔野雪晴と取井一太郎のあいだに割り込んで言った。

 

「帰ったら寿司だぞ塔野、忘れんな」
「わかってるって……。またモメてたのか?」
「モメてない。一方的にイチャモンつけられただけだ」
「ああ帰りたくない」

 

ラウンジからロビーにつながる入り口で、3人の上司・石尾伝二が、大きな声でつぶやいた。入り口付近にいた湾田と塔野と取井が、振り返る。

 

「どうしたんです、石尾さん」
「いや、どうもしない。帰ったら絶対奥さんに怒られるから、帰るのが憂鬱になってただけ。君たちはいいよな」
「またまた」
「燻製食べたら奥さんのご機嫌直るんじゃないですかね、おいしいから」
「どうだろう、奥さんもここに泊まってるから、同じ土産物買ってたりして」
「あ、そうなんですか」
「そう。だけど、見送りにも来ないよ。奥さんのほうがあと1日長くいるのに。そんなもんだよ。ああ憂鬱」
「まあまあ、石尾さん。新商品が出たらしいですよ、土産物屋に」
「そうなの?」
「はい。この棟だけで売ってるらしいので、それだったら土産かぶりもないんじゃないですかね」
「見に行ってくる」

 

石尾は、部下がフロントでチェックアウトの手続きをするのを横目で見ながら、土産物屋に向かって歩いて行った。

 

***

 

が飾られたイルズク第2棟のロビーで、土産物屋の袋を提げた石尾は、不破充香(みちか) に尋ねた。

ロビーに飾られているのは造花だ。充香が主宰する地域サークル「Fake Flowers」の作品たちだった。

 

「花の展示はいつまでですっけ」

「今月いっぱいは置いてくれるそうですよ。ああ、石尾さん、奥さん……志乃枝さんはさっき散歩に行くって言って出て行ってしまったよ。呼び戻そうかい?」
「いえ、いいんです。会っても怒られるだけだし。土産物も買ったし、帰る前にちゃんと展示を見ておこうと思いまして」

 

石尾は、土産物屋のロゴが入ったビニール袋を軽く持ち上げながらそう言った。
充香はそれを見て、鷹揚にうなずいた。

 

「ああそうかい。それはありがとうございます」
「む……、あれですかね、志乃枝が作った花は。なんだか巨大でハデで、うちの奥さんっぽい」
「あれはあたしですね。志乃枝さんが作ったのは、あの蘭」
「……。また外しました」
「そうかい……。まあ、うちのサークルにいる女性はだいたいハデ好きだから、作るものも似てしまうのもあるのかもしれないね」
「なるほど、華やか好きなサークルなんですね」
「主宰者がハデ好きだからかね」
「なるほど」

 

石尾は、充香の服が発する、謎の光に目を向けないようにしながらうなずいた。
そろそろ戻らないと時間的にまずい。

そう思った石尾は、充香に丁寧に挨拶をして、スパンコールが甚だしく主張する服から逃げるように第2棟を出た。

 

***

 

叶太(かなた) は、フロントで渡瀬を呼び出してもらおうとしていた。

イルズク第2棟のロビーである。
しかし、呼び出せたのは渡瀬ではなく、渡瀬の上司・加藤だった。

 

「えっ、渡瀬はいない……?」
「いえ、いないわけではなく……、お兄さんに会いに行くと言っていました。途中で会いませんでしたか?」
「いえ、あ、もしかして」
「会いました?」
「あれが渡瀬だったのかな、さっき自分の服をやたらチェックしながら歩いてる人がいた」
「な……、何でしょうかそれは。渡瀬……ですかね」
「渡瀬だと思います、また後ろ前に服を着てないかどうか、自分でチェックしてたんだと思います」

 

加藤は、いくら服を見ていたからと言って、最近会ったばかりの弟とすれ違っても気づかない、叶太の度を超したおおらかさに関しては触れなかった。
しかし、微妙な表情にはなった。

が、叫太は加藤のそのような表情には気づかないままに話を続けた。

 

「確か第1棟に向かってました。じゃあ俺は第1棟に戻ってみます。あ、研修中、いろいろとお世話になりました、加藤さん」
「ああ、いえ、とんでもございません」

 

叶太は加藤に会釈をすると第2棟の入り口を出て、第1棟に向かった。
外は晴れていた。
まだ雪は残っているが、日差しが温かい。

 

***

 

太は第2棟と第1棟のあいだの道で、探していた人間をやっと見つけた。
第1棟を出て、こちらに向かって歩いてくる渡瀬に声をかける。

 

「渡瀬」
「あっ……にき」
「やっぱりさっきのはおまえだったのか、渡瀬」
「え、どういう」
「いや何でもない、あー、なんだ、その……」
「兄……じゃなくて加藤さん。今、第1棟に行ったらトラーリ株式会社の方たちが加藤叶太待ちになってましたけど、大丈夫……ですかね」
「え、俺? 俺が待たれてた? あ、やべえ、もたもたしてると帰りの特急の時間に間に合わねえ」
「あ、では、はい」
「そうだな、うん。まあ、そうなんだけど。あ、これ」

 

叶太は、スーツのポケットから名刺ケースを出し、そこから名刺を1枚出すと、渡瀬に差し出した。

 

「俺の名刺。俺の名前も勤務先も、もう知ってるだろうけど」
「あ、はい。どうも」
「じゃあ、今は時間ないし、これで。元気でな」
「あ、はい」

 

叶太は第1棟に向かうべく、歩き出した。
が、途中で思い出したように後ろを振り返り、渡瀬に言った。

 

「いいわけ考えとけよ」

 

受け取ったばかりの名刺に両手を添えて、それをぼんやり見つめていた渡瀬は、その言葉に顔を上げて叶太を見た。
唐突な叶太の言葉に、すぐには言葉が出てこない。
叶太は黙っている渡瀬に向かって、さらに言葉を続けた。

 

「休みくらいあるんだろ、1回飲みに行こう。飲まなくてもいいけど。俺の部屋に来るとかでもいいし」
「あ、はい」
「うん、あとで連絡する、ほんじゃな」
「はい……あの」
「ん?」
「またイルズクにもお越しください、お待ちしておりますので」
「おう」

 

渡瀬は受け取った名刺をどこにしまうか迷ったあと、服のポケットにそうっと入れることにした。


このまま仕事をしていたら絶対にヨレヨレになってしまう。
あとでスタッフルームに戻って、いったん名刺をポケットから避難させなければ。


渡瀬がそんなことを思いながら第2棟の入り口から中に戻ると、ひとりロビーで自分たちの作った花をあちらこちらから眺め回していた叔母・充香に話しかけられた。

 

「おや、さっき叶太がこっちに来て、フロントで何か話したあと急いで出てったけど、会えたのかい? あの子はあんたを探しにここに来たんじゃないのかい?」
「あ、はい。そうです。会えはしました」
「そうかい。何か話せたかい?」
「いえ、まだ何も。兄貴は会社の研修でここに来てますし、帰りの時間があるそうで」
「ああ、まあそうだね。あんただって仕事中だろうし。ゆっくり話せるとこで話したほうがいい」
「はい」
「それで兄弟ゲンカでも何でも好きなようにしたらいい」
「いえ、たぶんケンカはしないですけど」
「なんだい、つまらない兄弟だねえ」
「いえ、あの」

 

またもや叔母に理不尽にケンカを勧められ、渡瀬は戸惑った。
叔母は不敵に笑いながら言う。

 

「あたしたちのサークルの旅行も明日までだ。みんな帰るね。寂しいかい、渡瀬?」
「いえ、寂しくは。あ、いえ、はい、寂しいです」
「どっちなんだい。まあ、あんたにとっちゃ仕事だからね。別れも仕事のうち、かね」
「いえ。あ、はい。でもまたお会いできることを望んではいます。自分としても、仕事としても」
「そうかい」

 

叔母は少し笑うと、ロビーから見える外に視線を移した。

 

「ああ、いい天気だね。春の日差しだ。あたしも帰る前に少し外を散歩しておくかね」
「ええ。ロータリーのそばのツツジが花を咲かせはじめているので、見ていただきたいです。……付き添えないのが残念ですが」
「ああ、いい、いい。仕事に戻りな、渡瀬。あたしはひとりのほうが散歩がはかどる。次に作る花の構想も練りたいからね」
「はい。それでは」

 

渡瀬はその場を辞すと、スタッフルームに戻り、そこに置いていた自分の荷物に名刺を移した。

 

***

 

瀬はスタッフルームを出て、静かな早足で廊下を歩き、階段を上る。

 

「あ、渡瀬。今、1部屋終わったとこ」
「うわ、ごめん、莉子ちゃん……じゃなくて、甘木さん」
「うん。いい。それより早く支度して」
「うん」

 

渡瀬は廊下に置かれたワゴンから、ブラシや洗剤が入ったバケツを取った。
それから、エプロンと手袋とマスクを逆の手に取った。
そしてバケツワゴンに戻した。
急ぎすぎて手に取る順番を間違えた。


些細なミスに慌てる渡瀬を、微笑みたいのをこらえているような表情をした甘木が見守っていた。
渡瀬は、あたふたとエプロンを身につける。

その横から、甘木が言った。

 

「次の休みは会えるのかな~」
「あ、え、や、やすみ?」
「1回キャンセルされた私との約束は守ってもらえるのかな~」

 

渡瀬から目を反らし、そっぽを向きながら軽い調子で甘木が言う。

 

「うん、たぶん大丈夫」
「そう」

 

渡瀬の方を向いて、甘木がにっこりと笑った。
かわいい
いや、そうでなく。

 

プルプルと首を振る謎行動を始めた渡瀬に向かって甘木が尋ねた。

 

「準備できた? じゃあ、次の部屋行きますか。次に来るお客様のために、部屋を準備しましょうか」
「はい」

 

渡瀬はバケツと手袋とマスクを手に取った。

 

またお越しくださいませ。
そう言って別れを告げる。
そして次の客を迎える。
また来る客も、初めての客も。

 

ここへとやって来る旅。
ここから家に帰る旅。
ここからどこかへ向かう旅。
旅の中途で、ひとときの安らぎを提供する。

 

そうして旅立ちを見守った客の気配を部屋から消し去ってから、また次の客を迎える。
次の客の安らぎのために。

 

チェックアウトが済んでいる部屋は、すでに鍵を開けられている。

甘木と渡瀬は、次の部屋のドアに向かった。

 

(おわり 30/30)

 

集合写真を撮りましょう

カメラが計算している。
光と影、色と色。距離と距離。
カメラの中にもうひとつの世界があるかのように。
もうひとつの世界を、カメラのこちら側にいる、撮っている者の世界になるべく近づけるように。

 

餅居一馬は、植矢高校のオリエンテーション合宿(という名の1学年全員参加の旅行)にカメラマンとして付き添っていた。
合宿の4泊5日のあいだ中、植矢高校の今年の1年生が山を登り、山を歩き、山から下りてくる写真などを撮り続けた。

 

とにかく山を歩く合宿だった。
その山の名は耳木兎(ミミズク)山。
山と名はついていても、実際は小高い丘と言ってもよいほどのなだらかさで、その山を歩くのは、登山とも言えぬような、坂をハイキングしているようなものだった。

 

しかし、とにかく歩く。
どういう理由なのか知らないが、合宿には、全日程通して山を歩く以外のイベントがない。餅居が写真を撮ったのも、生徒が山を歩いているシーンばかりだった。

 

そんな、カメラマンの腕の見せ所のような、いくら腕があってもやっていることが平らな山を歩くことだけではどうにもこうにも盛り上がりに欠けるような、なんとも言いようのない合宿は本日で最終日だった。
やっと山以外の写真を撮れる。

 

餅居は、この合宿のあいだ中、筋肉痛に悩まされていた。
筋肉痛に悩まされるのは、自分が中年だからなのだろうか。
高校生であれば、体力があるだろうから筋肉痛などとは無縁なのではないか……と思っていたが、実際は高校生ですら筋肉痛になっているようだ。
まったくもって意味がわからない。
この合宿は、人を筋肉痛に陥れるためだけにおこなわれているのだろうか。

 

そんなわけはない。
餅居は、辺りを見回した。
宿泊施設「ログキャビン・イルズク」の、正面入り口前のロータリーである。
ここで、帰りのバスに乗る前に、クラスごとの集合写真を撮るのである。
教師たちが生徒を整列させていた。
列ができると、餅居は三脚に載せたカメラのファインダーをのぞいて調整した。

 

2階建ての、宿泊施設としては背の低い建物を背景に入れて撮るために、三脚を低い位置に固定していた。
その低い三脚に載ったカメラのファインダーをのぞくことは、筋肉痛の足腰に地味に響く動作だったが、餅居は顔に出さずにこらえた。

 

「少しかがんでくださーい」

 

かわりに、列になった生徒と教師にそう声をかけた。
「背景に宿泊施設を写してくれ」との学校側の要望だったが、建物がこぢんまりとしているため、生徒の影に隠れて見えなくなる。

餅居は、自分の立ち位置を調節することで建物を画面に収めようとした。しかし、ロータリーで撮っているために場所の融通が利かない。あまり生徒たちから離れすぎると、車の通行の邪魔になる可能性があった。生徒たちにかがんでもらったほうが手っ取り早かった。


餅居が言わんとするところを理解すると、静かなどよめきがクラスのあいだを駆け抜けた。
なにしろ筋肉痛なのである。

しかし、かがむのに使う筋肉は、山を歩くのとは別の筋肉なのか、すぐに中腰体勢の列ができた。

低い建物を背景に入れながら、中腰の生徒を全員画面内に入れる。
全員の顔をハッキリ映さなくては。

 

この合宿中に、餅居はコンタクトをなくすアクシデントに見舞われたが、メガネを持ってきていたので事なきを得ていた。
ふだんはコンタクトをして写真を撮っているため、カメラを若干調整する必要があったが、それももう済んだ。
ふだんかけていないメガネが、ファインダーに取りつけたアイカップに予想外に当たり少々驚くという、ささやかな事件を乗り越えて餅居は慣れてきた。

 

太陽は低い建物の影に隠れているが、被写体のうしろから光が差す、逆光になっていた。
絞り優先モードにしたカメラの、絞りを大きくし、ISO感度を調節する。
カメラの調整OK、自分も慣れてきた、OK。

 

「はい、撮りまーす」

 

全員にピントがあっていることを背面液晶を見て確認したのち、数枚撮る。
三脚に合わせた中腰に、餅居の足腰が悲鳴を上げる。息を止める。
立ち上がり、餅居は息を吐いた。OKだ。

 

「はい、終了でーす、お疲れ様です」

 

撮り終えたクラスが立ち去り、次のクラスが整列するのを待つ。

次のクラスは、多少もたついた。
ひとりが間に合わなかったのである。

 

「間に合わないとは……、体調不良ですか? その生徒さん」

 

教師の言葉の意味がわからず、餅居はそう問いかけた。

 

「ええ、おそらくは」
「そうですか……。どうしましょう、その生徒さんの場所を空けて撮りましょうか。あとでその生徒さんだけ合成することにして。欠席の生徒さんと同じ処理ならできますが」
「あ、いえ……、あと少しだけ待ってあげてくれませんか。せっかく合宿に参加したんだし」

「あ、そうですよね、はい」

 

餅居は待つしかなかった。
手持ち無沙汰な時間が過ぎていく。
整列していた生徒は、ざわざわと列を乱しながら待機の態勢に入っていた。
餅居も雪が残る地面から忍び寄ってくる冷気と戦いながら待った。

 

曇っていた空が、唐突に明るくなった。
雲が流れたのだろう。
低い建物の上から太陽の光が差し込んでくるようになった。太陽が動いている。
逆光だ。
ほかに雲が見当たらない。
しばらく太陽を隠す雲は期待できそうにない。

 

餅居が、筋肉痛の体をプルプルさせながら、背面液晶を確認すると、逆光のせいで画面全体が灰色に染まっていた。
これ以上カメラの調整をするよりは、ストロボを使おう。
餅居は、持参していた収納ポーチからストロボを取り出してセットした。

 

「すみませーん、遅くなりました」

 

教師がそう言いながら、ひとりの生徒を連れてくる。生徒が列に加わる。
生徒を連れてきた教師は、養護教諭らしかった。その後、ほかのクラスと合流した。
餅居はまた足腰をプルプル言わせながらファインダーをのぞいた。

 

遅れてきた生徒を見ると、顔色が悪い。写真を撮っている場合なのだろうか。
餅居は心配になったが、できることと言えば早く撮り終えることくらいしかない。

 

「じゃあ、撮りまーす」

 

かけ声をかけて、シャッターボタンを押す。
数枚撮った。1枚を除いてだいたい誰かしらが目をつぶっていたが、1枚は全員が目を開けている写真が撮れた。OKだ。

 

ふだんだったら、OKの基準は目を閉じているかどうかだけではないはずだったが、体調の悪い生徒がいることと、時間が予定よりも遅れていること、そして、自分の足腰が誰にも聞こえぬ透明な悲鳴を上げていることなどから、少しだけ判断基準が甘くなっているかもしれなかった。

「帰る前に全クラス分の、イルズクの建物入り集合写真を撮らなければいけない」という餅居の使命感がそうさせた。
とはいっても、クラスは全部で4つだ。あとふたクラス分、撮ればいい。

 

先ほど撮り終わったクラスが、バスが泊まっているロータリーに向かうのを見送る。
体調が悪かった生徒も歩いてバスに向かっている。
そのスタスタとした歩きぶりを見ると、顔色ほど体調は悪くないのだろうか、という感想を持った。真偽はわからない。
餅居が前に向き直ると、イルズクの正面入り口の前に次のクラスが整列を始めていた。

 

太陽は動いている。
動いてはいるが、先ほどとあまり光は変わっていない。
相変わらずの逆光である。
餅居は、引き続きストロボを使うことにした。

 

「撮りまーす」

 

生徒が並び終わるとすぐに声をかけた。
先ほどと同じように数枚撮る。
ダメだ。
どの写真でも、誰かしらが目をつぶっている。
ストロボのせいだろうか。
しかしストロボなしだと生徒が影人間のようになる。
影人間というものが何なのか餅居にもわからなかったが、とにかく被写体が影に覆われる。

 

また数枚撮る。
また誰かのまばたきを撮ってしまう。

 

「すみません、目が閉じて映ってしまって。みなさん、いったん目をつぶってください」

 

試しに言ってみる。
生徒たちと教師が、目を閉じる。

 

「開けてください」

 

生徒と教師が、一斉に目を開ける。
その瞬間にシャッターボタンを押す。
また数枚。
それでも、まだ誰かのまぶたを撮っていた。

 

「弱ったな……」

 

もういっそ、できた写真の、目を閉じている者のまぶたに、あとから目を描き足したらどうだろう。
あとから欠席者の画像をはめ込むくらいなのだから、目ぐらい描き足してもそれほど目立たないのではなかろうか。
少なくとも表面積は目の方が小さい。

餅居がそんな思いに駆られていると、そのクラスの教師がすまなそうに言った。

 

「すみません、もう1回チャンスをください」

 

そう言われて、餅居は気を取り直した。
投げ出してはいかん。
餅居は自分を励ました。
おそらく励ましてほしいのは生徒と教師のほうだろうということもわかってはいたが、それでもとりあえず自分を励ました。

 

「先生もあまり硬くならないで、じゃあ行きましょう。もう一度目を閉じてくださいねー」

 

また生徒と教師が目を閉じる。
自分は今いったい何をやっているのだろうか、という思いに駆られる。

 

「開けてくださーい。撮りまーす」

 

集団の目を閉じさせ、また開けさせ。
なんらかの催眠術をかけているような気持ちになりながら、数枚撮る。
今度は全員が目を開けている。
やや不自然なぱっちりとした目の開き方と言えなくもなかったが、これはこれで全員の努力の結晶のような気がしてきた。すばらしい。

 

「OKです、お疲れ様でした」

 

われ知らず笑顔になりながら、そう声をかける。
安堵の笑い声が生徒や教師から漏れる。
撮り終えたクラスはバスに向かい、次のクラスが……、やってこなかった。

 

クラスは4つあるはずだ。
次のクラスはどうしたのだろうか。
餅居が気づかぬうちにすでに4クラス分の写真を撮り終えていたのだろうか。
そんなバカな。

 

「あの、もうひとクラスありますよね?」

 

周囲にいた教師に尋ねてみる。先ほどの、養護教諭だった。

 

「はい。すみません、さっきの待ち時間で、ちょっと」
「ちょっと?」
「はい、あの、すみません、すぐ呼んできますので」

 

そう言った養護教諭は動かない。
すでに呼びに走っている教師がいるということなのか。

 

「さっき待ってるあいだに、ロータリーから出て行く車がいたので生徒たちを移動させたんです。今呼びに行ってて、すぐ戻ってくると思います」

 

養護教諭は申し訳なさそうにそう言った。
餅居が写真に集中しているうちに、車の通行の邪魔になっていたらしい。
今は通常のイルズクのチェックアウトの受け付け時間よりは早い時間帯のはずだが、客の車とも限らない。

餅居が文句を言う筋合いもなく、それ以前に餅居も、まぶたに気を取られているうちに通行の邪魔になっていた可能性に気づき、なぜか若干しょんぼりした。

 

しょんぼりしながら待っていたが、呼びに行ったという教師も生徒たちも、なかなか戻ってこない。

 

餅居は思い出す。
筋肉痛の生徒の、教師の、そして自分のゆるやかな動きを。
痛くてゆるやかにしか動けない。
その現象が今も生徒たちを襲っているとしたら、あとどれだけ待てばいいのだろう。

 

餅居は、白い息を吐きながら、ぼんやりと遠くを見た。
太陽は動いている。
雲は今もまだない。
やはり逆光だ。
ストロボを使うと、またまぶたの写真が増えるのだろうか。

 

もう。

餅居は思った。

もう、建物の写真だけを撮ればいいのではなかろうか。


そこに、あとから生徒と教師の写真を撮り、全員分を合成すればいいのではなかろうか。

 

ダメだ、それでは。
餅居は自分に反論を試みた。
そうしてできた写真は、誰も参加していない、存在しない合宿の写真と何が違うというのか。
バーチャル合宿だ。
仮想上の合宿だったのだ。
そうあきらめてみたらどうか。

 

心の中で、自分の反論に対しぼやき返してみたものの、そんなことを口に出して言えるはずもなく、ただ餅居は白い息を鼻から出した。

 

餅居がくだらない想像をして時間を潰しているあいだに、生徒のゆるやかな歩みがここまで届くことを願うしかなかった。

 

(おわり 29/30)

 

湯気のあいだから

渡瀬はとんでもない発見をした。
自分が今日1日、Tシャツを後ろ前に着ていたことを発見したのである。
今日がもう終わろうというこの時間に、である。

 

なんとなく違和感は感じていた。
そのかすかな違和感は今、第2棟の大浴場の脱衣所で鏡に映ったことで可視化された。


タグが出ていたのである。
渡瀬が着ていたのは、首の後ろにタグがついているタイプのTシャツだった。

 

渡瀬が勤める宿泊施設「ログキャビン・イルズク」には制服がなく、私服で仕事をすることになっていた。
渡瀬の本日の服装(トップス)は、セーターだった。セーター・オン・Tシャツである。

 

渡瀬が、大浴場の清掃をするつもりで、ドアに利用時間終了の札をかけに行こうとしたときのことだった。
辺りに誰もいないこともあり、通りすがりに脱衣所の鏡に映った自分の姿をなんとなく見た。
そこでタグを発見した。
本来、首の後ろにあるはずのタグが顔の下に飛び出ていた。
鏡は何度か見ていたし、ガサガサチクチクしていたはずだが、渡瀬は1日中気づいていなかった。

 

今から直して意味があるのだろうか。
今日の仕事は、この大浴場の清掃でほぼ最後だというのに。

 

渡瀬は少し迷ったあと、手に持った札を脱衣所の棚に置き、セーターを脱いで、Tシャツから腕を引き抜き、ぐるりと回した。
しかし、Tシャツは完全には回らなかった。
着たままTシャツを回転させることはあきらめ、一回すべての服(トップス)を脱ぎ、今度は前と後ろを入念に確認したのち、正しくTシャツを着た。
それからセーターにもう一度両腕を通した。
再びセーターに頭を通す。
静電気のバリバリという音とともに一件落着である。


「これでよし」と札を再び手に取ると、大浴場の入り口に人がいることにようやく気づいた。

渡瀬は入り口に背を向けて静電気をバリバリいわせていたため、その人物に気づくのが遅れたのだった。

 

その人物は、渡瀬が脱衣所内に札を取りに行くために半開きにしていたドアの少し内側に、壁にもたれて立っていた。
こちらを見ている。髪には寝癖がついている。
イルズクの備え付けの浴衣を着ている。片手に洗面道具なのか、袋を提げていた。

 

ビクリ、と体を震わせたのち、渡瀬はとりあえず何かを言おうとして、口ごもった。

 

「あ、えっと、加藤さん」

 

ようやくそれだけ言った渡瀬に、寝癖の浴衣男性は、眠そうな顔で答える。

 

「ああ……。名前、覚えててくれたんですね。俺、こないだ名刺渡しそびれたのに。というか今も持ってないんですけど」

 

寝癖の浴衣男性は、空いているほうの手で、浴衣をパタ、パタと数回叩きながら言った。
浴衣なのでポケットも何もない、という意味らしい。それから引き続き眠そうな顔で渡瀬に問いかける。

 

「もう大浴場終わり?」
「あ、はい。表に終了の札はかけます。でもいいですよ、つかっていってください」
「いいの?」
「はい。あまり大っぴらに言われちゃうと困りますけど……、どうぞ」

 

できるだけ笑顔に見える顔を作りながら渡瀬は言った。
本来の業務が接客ではないので、こういう言い方でいいのだろうか、という手探り状態の言葉だった。
本当は、キッパリ断るべきなのかもしれない。あとで上司に、こういう場合にどう対応すればいいのか確認しよう。渡瀬はそう思った。

 

渡瀬は、寝癖の浴衣男性が誰なのか知っていた。
渡瀬の兄である。名は叶太(かなた)
しかし、渡瀬は今、実家を飛び出て、行方不明者として扱われている。

 

今の渡瀬は、なんだかんだあって、昔とは顔を変えていて、昔よりも声がしゃがれていた。
そしてこの職場には同じ姓の人間が多いため、「加藤渡瀬」という本名の、下の名前で呼ばれていた。「渡瀬」という名は、名前だが名字のようにも聞こえた。
そのせいなのか何なのか渡瀬にもよくわからなかったが、渡瀬の正体は兄に気づかれてはいないようだった。

 

「いやぁ、すみませんね、仮眠をとったあと、もう1回風呂に入ろうと思って。あっちの大浴場とどう違うんだろうと思って、こっちの建物に来てみたはいいけど、歩いてる途中で大浴場終わりの時間になってしまったみたいで」

 

徐々に目が覚めてきたのか、叶太は、よどみなく自分の現状を説明した。
叶太は第1棟に泊まっていた。
「あっち」は第1棟、「こっち」は第2棟を指しているのであろう、渡瀬はそう見当をつけた。

 

「さっき、ここ来るまでにロビーの花も見ましたよ。1個巨大な花があって、いやぁ、迫力あった」

 

脱衣所で入浴のための準備をしながら叶太は言う。
渡瀬はできるかぎりの笑顔で相づちを打つと、大浴場のドアに札をかけて脱衣所に戻り、ドアを閉めた。
叶太が洗い場に入るのを見届ける。
脱衣所の棚に置かれたかごをひとつひとつチェックして、忘れ物がないかどうか調べる。特に何もない。

 

「昨日の夕方、雪が降ってましたね」

 

洗い場から叶太が言った。脱衣所と洗い場を仕切るガラスの扉は開け放たれており、声が届く。

 

「そうですね。あまり積もらなくてよかったですよね」

 

そう言葉を返して、脱衣所の隅に置かれた掃除機を手に取り、スイッチを入れた。
渡瀬が脱衣所に掃除機をかけ終えると、叶太は体を洗い終え、湯船に入ろうとしているところだった。

 

掃除機をかけ終わり、手持ち無沙汰になってしまった渡瀬は、「脱衣所でできる仕事は何かなかったか」と周囲を見渡した。
しかし何も仕事を見つけられず、これ以上特に何をすることもできず、渡瀬は洗い場の床の清掃を始めることにした。

客がいるのにいいのだろうか、と内心ドキドキしながら。

脱衣所のロッカーに入ったデッキブラシを持ち、とりあえず今洗う範囲だけ洗剤をかけ、洗い場の隅をゴシゴシこすっていると、背後から湯船の叶太が声をかけてきた。

 

「昨日、雪が降る中、耳木兎(ミミズク)山を歩くことになってしまって……、いや、遭難とかではないんですけどね。いろいろあって、筋肉痛です。運動不足だなぁ」

 

つぶやくように放った言葉の語尾が空中に溶ける。
渡瀬はどう言葉を返したものか迷い、曖昧な相づちを打った。

 

「弟を背負ったんですけどね、別にケガしたとかってわけじゃないんですけど、なんかそういう話の流れで。それが、あいつ痩せてるのにめちゃめちゃ重くて。誰に似たんだろう、俺も両親もそんなに背が高くないし、あいつはまだ高校に上がったばかりなのにやたら背が伸び始めてて」

 

渡瀬は「弟」という言葉に反応して、一瞬自分のことを言われているのかと錯覚し、そのあと気づいた。
渡瀬たち兄弟は3兄弟だった。叶太は、一番下の弟のことを言っているのだった。
渡瀬が手を止めて目をやると、叶太は湯につかりながら目を閉じていた。
渡瀬に言っているというよりも、独白に近い言葉なのだろうか。
中腰がきつくなり、一度背筋を伸ばす。それからゴシゴシを再開した。

 

「うち、今言った弟と、もうひとり弟がいるんですけどね」

 

不意に叶太がそう言った。
ドキリ。
渡瀬のブラシを操る手が止まりそうになり、動揺が叶太に伝わらないように、意識して手を止めないように努力する。

 

「ちょうど渡瀬さんくらいの背の高さで」

 

渡瀬が叶太のほうを見ると、叶太は目をつむったまま話している。
渡瀬が背筋を伸ばしたところを見て言ったわけではないらしい。
渡瀬の、ブラシを握る手が汗ばんでくる。

 

「背中にほくろがあった。Wみたいな……カシオペヤ座の形」

 

叶太は、うっすらと目を開け、指で宙にWの形を描いた。

 

「今、行方不明なんです、そいつ」

 

ゴシゴシ。
ゴシゴシ。

不自然にならないよう、リズムを意識して床をこする。

 

「別に、行きたいところに行けばいいと思うし、何かよくないことに巻き込まれているんでない限り、好きにすればいいと思う。けど……」
「……けど?」

 

渡瀬は、気づいたらブラシを止め、中腰のまま聞き返していた。
聞き返してから我に返り、再び下を向いてブラシを動かす。

 

「連絡先を知りたい」

 

渡瀬は、床をこすりながら一瞬息を止めた。
それからゆっくり息を吐き出した。
叶太がそれ以上何も言わなかったため、渡瀬は笑顔を作りながら問いかけた。

 

「『連絡先』なんですか」
「そう」

 

叶太は目を閉じて答える。

 

「『会いたい』とか『居場所を知りたい』じゃないんですか」
「……うん。違うね」

 

どういう意味なのか、それ以上聞くのもおかしい気がして、渡瀬は黙って床をこすり続けた。

 

その後、叶太はそのまま特に何を言うでもなく、入浴を終えた。
渡瀬も大浴場の清掃を終え、スタッフルームに戻った。上司がそこで待っていた。

 

「あ、渡瀬くん。終わりました? それじゃ、そろそろ帰りましょうか。名札ひっくり返して」

 

上司は名札を「出勤」を表す黄色から、裏の、「退勤」の緑にすることを指示した。
第2棟の日勤のスタッフの名が書かれたほかの札は、すべて緑になっている。
今、名札が黄色の面になっているのは、夜勤組だけだった。

 

さっきの会話は何だったのだろう。
名札をひっくり返しながら、渡瀬は考えた。
特に意味はないのだろうか。
渡瀬こそが、その探している弟だと気づいていないのだから、叶太が渡瀬に言った言葉にも特に意味はない、はずだ。
意味のない言葉だ……、

 

そう思おうとして、記憶がよみがえった。

 

Tシャツを後ろ前に着ていて、一度脱いで着直したことを。
再び服を着て、後ろを振り向くと叶太がいた。
背中のWのほくろを見られていたのだろうか。
いや、見られていなかったとしても、気づいていてもおかしくはない。

たとえ顔と声が変わっていても、会話して気づかれないわけがない、のかもしれない。
いや、そうではない。
気づかれていなかったとしても。

 

名札を裏返し、渡瀬は上司を振り返って尋ねた。

 

「あの、封筒みたいなものってありますかね」

 

***

 

翌日。
新人研修は今日で終わりである。
叶太は目を覚ますとベッドから下り、洗面所およびトイレに向かった。
途中で、部屋の入り口のドアの下に、何かが挟まっているのが見えた。
外側から挟み込んだもののように見えた。

 

叶太は、じゅうたんの上に落ちていたものを拾った。
封筒だった。
表にはクセのある字で、「加藤叶太様」と書かれていて、軽く封がされていた。
封筒にはイルズクのロゴが入っている。

 

封筒を開けると、中には名刺が入っていた。
名刺をひっくり返してみると、裏に「俺の名刺です。先日渡せなかったので」という言葉と、連絡先であろうアルファベットと数字が手書きで書き足されていた。

 

叶太はその文字をぼんやりと見ていた。
驚きはしていない。
だからといって、今、叶太が感じているのが、どの感情なのかもよくわからない。

 

もう一度、名刺をひっくり返した。
再び名刺の表を見つめ、叶太は少しだけ微笑んだ。
そこには、ずっと見たかった、いやそこまで思ってもいない、だけど待ち望んでいた、いやそこまで待ち望んでもいなかった、そんな意味不明な葛藤を叶太に感じさせる名前を構成する文字が並んでいた。

 

――加藤渡瀬。

 

叶太の弟の名だ。

 

(おわり 28/30)

 

寿司を食べに行こうぜ

新人研修も終わり間近ともなると、大いに疲れがやってくる。
誰の疲れかと言えば、新人の疲れである。
疲れたなどと言える立場ではない。
だから余計に疲れるのである。

 

新人たちは、同期とともに、椅子に座り、基本的なビジネスマナーを、これから働くトラーリ株式会社の来し方行く末を学んだ。
そして、同期とともに協力し、研修のメイン企画の競技でタイムを競い合い、互いの成長を願い合った。

 

その道のりは険しかった。
彼らは味の濃い燻製を肴に、酒を飲んで仲間内でブツブツ言うことで鬱憤を晴らした。

 

研修のカリキュラムが終わった日の夜、宴会が催された。
会場は新人研修が行われてきた宿泊施設「ログキャビン・イルズク」の第1棟の2階宴会場である。

 

女性に、いや、性別を問わず、「新入社員に飲み物をつがせるとハラスメントになる」と上司が恐れたために、基本的に手酌で宴会は進行した。
進行と言っても、特に芸をするでもない。飲みながら話をする会である。

 

「俺のアレルギーはさ」

 

湾田翔介がアレルギーの話を持ち出したのは、そんな宴会の終わり間際のことだった。
仕事に関する話の種も尽き、仕事とまったく関係ない雑談が始まっていた。

 

「ああ、ラテックス・アレルギーだっけ? 昨日、おまえが指切ったときに、俺が絆創膏渡そうとして断られたやつ」

 

隣にいた塔野雪晴が真っ赤な顔で返事をする。

 

「断わりたくて断ったんじゃねえ。仕方ねえだろ、絆創膏でアレルギー出るんだから」
「まあそうだよな……。大変だな、体質的なものは」

 

塔野は飲み始めから顔が真っ赤になっており、上司に「アルハラを疑われるから、それ以上アルコールを飲むな」との命令を下されていた。
その命令通りにアルコールの入っていない飲料のみを飲んでいたが、一度赤くなった顔はなかなか赤みが引かなかった。

 

「塔野くんはアルコール・アレルギーじゃないの?」

 

湾田と塔野の席のそばにいた女性社員・椎原澪が言った。
椎原は、酒類を一切飲んでいなかった。
「飲み始めるとキリがないから」というのがその理由らしかった。

 

「そうかなあ。顔が赤くなるだけで、ほか特にアレルギーっぽい症状ないんだけど」
「そうなの? じんましんが出るとかはないの?」
「ない。なんで顔だけ赤くなるのかな、飲みたいのに」
「俺のアレルギーにも興味を持ってくれ」

 

ドン。
湾田が、手に持っていたコップをテーブルに置いて言った。
塔野と椎原が、湾田を見る。

 

「ラテックス、まあいわゆる天然ゴムのアレルギーは、医者とかに多いらしいんだとよ。俺の場合は子供のころアトピーがあったり、アトピー関係ない病気で手術する必要があったりで、長いこと入院してたことがあんのよ。で、病気は治ったけどアレルギー発症するっていう。こないだネットで調べたら、日本では医者とか、ふだんラテックス使う職業以外じゃ珍しいって書かれてた。珍しくてもいるっての」
「お、おお」
「どういう症状が出るの?」
「かゆくなったり、腫れたり。俺の場合は、そこまでひどくもないんだけど」
「へえ。ゴムで」

 

塔野は、ゴムがダメなら避妊具を使えないのでは、と思いついたが、言うことを控えた。
上司がハラスメントを避けるべく全力を尽くしているというのに、自分がこんなところで同期にハラスメントをしている場合じゃない、という思いが塔野の頭をかすめたのである。

 

さらに、もうひとつ、塔野の脳裏をよぎった思い出があった。
昨夜、湾田に絆創膏を拒否られたときに言われたことだ。

 

「俺はゴムアレルギーだから、ふだんはラテックスを使っていない絆創膏を使う」と言われたのである。
ラテックスフリーのものが売られているらしい。
ということは、絆創膏以外のゴム製品でも同じことなのだろう。


塔野がそんなことを思い自分を納得させているあいだも、湾田はコップの中のビールをちびりちびり飲みながら、ろれつの怪しい口調で説明を続けていた。

 

湾田いわく、ラテックスに含まれる複数のタンパク質に対し体の中にIgE抗体ができ、過剰に反応することでアレルギー症状が引き起こされる。
その抗体と共通の抗原性を持つタンパク質にもアレルギーが起きる。

 

「それを交差反応つって、要はひとつのアレルギーがあると、ほかのものにもアレルギーが出たりするってことなんだけど」
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い的な」
「全然違う。別に俺はラテックスを憎く思っているわけじゃない」

 

湾田は不機嫌そうに断言した。
適当に言った言葉に不機嫌になられ、塔野はしばし口をつぐむことにした。

 

「バタフライ・エフェクトみたいな?」

 

椎原が麦茶の入ったグラスをテーブルに置いて問いかけた。

 

「どうだろう、それも違うような」

 

湾田は考えつつ言った。


塔野は、大皿からサーバースプーンを手に取り、アボカドとエビのサラダを小さな皿に移した。旅館が用意した宴会メニューのうちのひとつだった。
小皿に取り分けたアボカドの小さなブロックをフォークで突き刺し、口に放り込む。

 

「それうまいのか?」

 

湾田が塔野に尋ねた。

 

「いや……、アボガドだねって感じ」
「なんだそれ」
「素材そのままの味」

 

塔野は、アボカドをもうひとつフォークで突き刺し、口に入れた。
何も食べずに飲むせいで顔がやたらと赤くなるのかもしれない。
酒以外のものを胃に入れたほうがいいのだろうか。
特に根拠もなくそう思ったのである。

 

「うん、アボガド」

 

味についての感想はこれだけである。
椎原も、アボカドのサラダを取り分け、食べ始めた。
あまりにも言葉足らずな塔野の感想に、自分も食べてみたくなったらしい。
そして咀嚼し、飲み込んでから言った。

 

「ほんとだ、アボカドだ」

 

湾田は、塔野と椎原の顔を順に見たあと言い放った。

 

「アボ『ガ』ドなのか、アボ『カ』ドなのかよくわからんけどさ。俺も食べてみたい」
「食べれば。皿いる?」

 

塔野は、湾田の返事も聞かずに小皿を差し出した。
湾田は、それを受け取ると、受け取った小皿を見つめてうつむいた。

 

「さっきの、アレルギーの話なんだけど。ラテックス・アレルギーがあるやつは、アボカドにもアレルギーある可能性があるらしい」
「そんなんあるの?」

 

塔野が問い返すと、湾田は黙ってうなずいた。
椎原が、横に置いたポーチともクラッチバッグとも言えそうな小さなバッグから携帯を取り出し、なにやら操作したあと、その画面を見ながら言った。

 

「ほんとだ。アボカドだけじゃなくて、キウイとかバナナとかも書いてあるけど」

 

携帯で検索したらしい。
湾田はうんうんと、うなずきながら言う。

 

「そう。俺、手術でアレルギー出るようになったんだけどさ、それまで普通に食べたことあるのよ、キウイとかバナナとかは。唯一食べたことなかったのがアボカドなんだけど、アレルギー出る可能性あるから食えんのよ。だからよりいっそう食いたくなるっていう」
「いや、食っちゃいかんだろ」
「症状が重いとアナフィラキシー・ショックが出る可能性もあるって」

 

椎原が携帯を見ながら言う。
塔野は、先ほど自分が手渡した小皿を、そろりと回収した。
小皿のフチに指をかけ、浮いた手のひらでフタをした塔野を尻目に、湾田は言葉を続けた。

 

「そこまで重く出ないと思う。俺の場合、ラテックスのアレルギーもそこまで重くないし。ちょっと皮膚が真っ赤になるくらいで」
「いや、わからんだろ。食べ物と非食べ物だし。唐突に重いのが来たらどうすんの」
「そうだよ。それに、何もここで試さなくても。家で食べれば良いのに」
「だってみんな食べててうまそうだから」

 

湾田が無愛想に放った言葉に、塔野と椎原がほぼ同時に反応した。

 

「なんでスネてんだよ」
「意味分かんない」

 

が、同期の言葉をまったく聞いていないらしい湾田は、無愛想な口調のまま続けた。

 

「俺も食べたい」
「いや食べんなよ」
「やめなさいってば。アレルギーなめてんの?」
「アレルギーをバカにしてんのはそっちだろ」
「バカにはしてなかったけど、バカにしてるように見えたとしたら、アレルギーじゃなくておまえをだ、湾田。俺はおまえをバカにしてる」
「あんだと?」
「そうだよ、湾田が悪い」

 

塔野と椎原の、湾田に対するディスが最高潮を迎えた。
湾田が、サーバースプーンをつかもうとする。
その湾田の手を、真っ赤な顔のままの塔野が押さえつけた。

 

「やめとけって」
「食べたい。俺はアボカドを食べたいんだ」
「危ないって……」

 

椎原も、湾田の手を押さえる。
塔野は、椎原に向かって言った。

 

「俺が湾田を押さえてるうちにすべてのアボカドを皿に取るんだ、椎原さん」
「わかった」

 

椎原は、湾田を押さえ込んでいた手を離すと、サーバースプーンと小皿をつかんだ。
料理の入った大皿は何皿かあったが、アボカド入りの皿はひとつだけだった。
その皿から、椎原がアボカドを器用にサーバースプーンですくい上げて小皿に取り分けていく。

 

「あっ、ちょっ、俺も。俺も食べる」
「はいはいダメですよ~」

 

塔野が湾田を押さえ込みながら、なだめる。
自分はいったい宴会で何をやっているのだろうか、という疑問が塔野の脳裏をかすめたが、気にしないことにした。

宴会場からは人が減っていた。
気づくと、いつの間にか上司の姿もない。

酔い潰れて部屋に送り届けられたのだろうか。
塔野は、湾田のアボカドへの謎の執着のせいで、周りの状況がよくわからなくなりつつあった。

 

「取り除いたけどさ、塔野くん」
「おっ、お疲れさん」
「うん。でもさ、アレルギーってあれだよね? 一緒のお皿に入ってたりすると、アボカド自体を取り除いても、同じ大皿の料理食べたら、たぶん症状出るよね?」
「あ、そうか」

 

共通の調理器具を使っているとしたら、湾田は、この場にあるすべての料理を食べられない可能性がある。
しかし、自分では酔っていないつもりでも酔いが回っていたのか、塔野と椎原は、このアボカドの大皿さえ何とかすればいいような気がしてしまった。

 

「じゃあもう、食べるしかないね」
「え」
「私がこのお皿のおつまみ食べとくから。塔野くん、湾田くんを引き続き押さえてて」
「あ、うん」
「ああっなんだよそれ椎原さん」

 

湾田の叫びもむなしく、椎原は大皿のつまみをひょいひょいとフォークで口に運んだ。

 

「ああ……、っていうか、椎原さん、なんでそんなうまそうに食うの……」

 

塔野に押さえつけられ、椎原の食べっぷりを目の前で見せつけられた湾田は、反抗する力をなくした。
おとなしくなった湾田を離すと、塔野はさきほど椎原が取り分けた、小さな山のようにアボカドが積み上げられた小皿に手を伸ばした。
椎原が、口の中のものを飲み込んでから塔野に声をかける。

 

「そっちは塔野くんお願い」
「わかった」

 

何をわかったのか自分でもよくわからなかったが、塔野はとりあえずそう返事した。
アボカドが山盛りになった小皿を見る。
塔野は特にアボカドを食べたいとは思っていなかったが、これも湾田のためである。
アボカドを見ていると食べたくなってしまうのかもしれない。

 

(ならば、俺が食べる――!)

 

塔野は、そんな使命感とともにアボカドをフォークでかっ込んだ。

 

「全部食った……」
「……うぷ」

 

小皿のアボカドを一気に食べた塔野は、何も言うことができなかった。
湾田の呪詛のようなつぶやきだけが辺りに漂う。

 

「覚えてろよ、塔野……。目の前でアボカドを全部持ってかれたうらみ、いつか晴らすからな……」
「別に塔野くんは嫌がらせで全部食べたわけじゃないでしょ」

 

大皿のアボカド(を取り除いた)サラダを平らげて平然としている椎原が、湾田をたしなめた。

 

「がんばって食べたのに、なぜ恨まれるのか……。湾田、おまえひょっとして、性格悪いのか」
「知らん。自分の性格がどうであろうとどうでもいい。エントリーシートには『長所は最後まであきらめないところ、短所は大雑把なところ』とか書いたが、どうでもいい」
「嘘は言っていない気がするのが怖い」

 

椎原がポツリと、湾田のエントリーシートの「自分の長所と短所」に関する感想をこぼした。
最後まであきらめない人間がうらみを抱いた場合、どうなるのだろうか。

 

塔野は、アボカドの脂っこさが残る口の中をどうにかしようと、先ほどから飲んでいたウーロン茶の入ったコップを手に取り、ごくりと飲み干す。

 

「脂っこい。よく言われるけどさ、アボガドをわさび醤油で食うとトロに似てるって。確かに、脂っこさは似てるかもな」
「そういえば、私も『アボカドと卵黄を混ぜるとウニ』とかも聞いたことある」

 

塔野の言葉に椎原が付け足した。
それを聞いていた湾田が、不意に言った。

 

「よし、決定だ」
「何が」
「塔野、椎原さんも。研修終わったら、俺と寿司を食いに行こう」
「寿司を?」
「寿司を。トロとウニを食いに行こう」
「そんな金があると思うのか、俺に……」
「じゃあ、俺がおごる。アボカド寿司もやってるとこがいい」
「それ大丈夫なの? アボカド握ってるお寿司屋さんで握ったお寿司って」
「じゃあ、目の前で握る寿司屋じゃなくていい。どっかでアボカド寿司買って、トロとウニも買う。そんで、俺がトロとウニを食ってるとこを見ながら塔野、おまえはアボカド寿司を食え」
「な……なんだそれは」
「何の意味があるの……」
「それで平等だ」

 

湾田が、自らうなずきながら言った。
塔野は、湾田の言ったことの意味を考えようとして、わけがわからなくなった。

 

胸焼けの予感がしていた。脂っこいものを食べすぎたのだろうか。
なんで俺がこんな目に合わねばならんのか。
それは、すべてのアレルギーの人間が言いたいことと同じなのか。
平等とは何なのか。

 

塔野はぐるぐると渦巻く考えを、ウーロン茶とともに飲み込んだ。
あまりぐるぐるが続くと、胃の中のアボカドが戻って来る予感がしたのだった。

 

脂っこいものを食べたい湾田の気がしれない。
気が済むまで湾田はトロでもウニでも食べればいい。
塔野はそう思い、トロとウニを食べて大喜びする湾田を思い浮かべた。

 

大喜びしているのならいいのかもな、という気がしてきた。

 

塔野は心のメモに、「湾田(と椎原さん)と寿司を食べる」、と書き込むと、またひとくちウーロン茶を飲み込んだ。

 

(おわり 27/30)

 

バトンタッチ・積み木

淵見梨穂は、宿泊施設「ログキャビン・イルズク」第2棟の正面入り口から外に出た。


第2棟での朝の打ち合わせを終え、自分が泊まっている第3棟に戻るところである。
淵見は、養護教諭だった。
植矢高校にはふたり養護教諭がいて、そのうちのひとりである淵見が、今年の1年生のオリエンテーション合宿の引率として参加していた。

 

淵見は、第2棟と第3棟のあいだにあるイルズクの裏庭を歩いた。
実際は特に名はついていないようだが、日当たりが悪いために裏庭と呼びたくなる狭い空間だ。
日当たりが悪いせいなのか、ほかの人影は見えない。
淵見は、その裏庭を通って第3棟の正面出入口に向かおうとして、ふと思い直した。

 

日当たりが悪いせいなのか、裏庭に溶けないままの雪が残っていた。雪を手に取る。
冷たい。
淵見は防寒用の装備を身につけていなかった。
しかし、冷たさに震えながらも、なぜかその場を離れられない。
学校行事で泊まりに来ているため、ひとりになれる場所が裏庭くらいしかないからだろうか。

 

気づくと、淵見はおにぎりを握っていた。
雪のおにぎりだ。
何をやっているのだろう、私は。
淵見は自分でもそう思い、雪でできたおにぎりを砕いて周りの雪に混ぜようとした。

 

が、もったいないような気がしてきて、もう少しおにぎりに雪を足し、高さが30センチほどの巨大おにぎりにしてみた。
おにぎりが巨大だと驚かれるだろうか。
誰が見るのか、誰が驚くのか自分でもわからなかったが、とにかく淵見はそう思った。

 

巨大おにぎりの面影を消そうと、さらに雪を足し、削り、ならす。
できた。
高さ30センチ、幅30センチ、奥行き20センチほどの三角柱である。
これが何なのかは淵見にもわからなかったが、とにかくおにぎりの面影はないから、おにぎりと間違われることもないだろう。

 

手が冷たい。
早く部屋に戻ろう。
淵見は、その三角柱を裏庭の隅の地面の上に置いて、第3棟に戻った。

 

***

 

「おにぎり握ったこともない人に余計なこと言われたくない」

 

石尾伝二は、先ほどの妻の言葉を思い出した。
イルズクの第2棟を出て、第1棟の正面入り口に向かうところだった。
石尾は会社の新人研修に上司として付き添い、イルズク第1棟に宿泊していた。
時を同じくして、石尾の妻・志乃枝も別の団体の旅行で第2棟に宿泊している。

研修のすきま時間に妻に会いに行き、今日もまたつれない態度を取られたところだった。

 

妻は怒っていたのである。
仕事で来ているのなら仕事に集中しろと。
夫婦で話すのなら、夫婦で旅行に行けばいいと。
そこは別にすれば良いのに、なぜ混ぜてしまうのか。
公私混同をなぜしてしまうのか。
石尾は4泊5日のあいだ、空き時間に妻の様子を見に行っては責められることを繰り返していた。

 

責められたついでに、きつめの言葉を今日もぶつけられた。
それが「おにぎり握ったことない人に」だった。
確かに石尾は、おにぎりを握ったことはなかった。
なぜなら、それほどおにぎりが好きではなかったからだ。
だが、妻は「台所仕事を私ひとりに押しつけて」という含みを持たせた言い方をした。

 

(おにぎりを作るくらいなら俺にもできる)


なぜか石尾はおにぎりに固執した。
妻が言いたいのはおにぎりを握れるかどうかではなく、夫婦の役割分担についてなのだろう、と想像はできた。
が、石尾が直接責められたのは、おにぎりを作れないことである。

 

「きっと妻はこう言いたいのだろう」と想像し、それを外しては妻に怒られることが常だった石尾は、妻が本当に怒っているときは、直接言われたこと以外を勝手に脳内で補完しない習性が身についていた。

察することをやめた理由は「勝手な想像をしても、どうせ外すから」である。


(おにぎりくらい)
(おにぎりくらい俺だって)

 

そんなことを考えながら歩いていると、石尾はいつの間にか狭い場所に出ていた。
第2棟から第1棟に行くだけなら通る必要のない場所だったが、考え事をしていたせいで、ウロウロと狭い空間に迷い込んでしまったらしい。


すでに日が暮れていて、屋外灯がついていたが、この裏庭のような場所には屋外灯の明かりも届かない。
だが、雪が積もっているせいなのか、辺りは薄明るい。

 

「薄明るい」のか「薄暗い」のかわからぬ空間で、石尾は三角柱を目にした。
巨大なおにぎりのような、いやおにぎりにしては巨大すぎる三角柱だ。
何だろうこれは。

 

それは、雪を固めて作ったブロック、のようなものだった。
誰が作ったのだろう。
なぜこんな所に。

 

「……」

 

少々考えてから、石尾は自分も同じものを作ってみることにした。
さきほど同室の部下から連絡があり、ここ20分ほどは部屋に戻れないことが判明したばかりだった。
鍵を持っているのが部下なので、石尾が部屋に戻ったところで入れないのである。

 

フロントに申し出ればスペアキーを借りられるのかもしれなかったが、妻に言われた通り、公私混同を堂々としていたため、なんとなく言い出しにくかった。
20分、部屋に戻るのを遅らせればいいだけだ。
そういったわけで、石尾は時間を潰す必要があったのである。

 

(俺にだって、おにぎりくらい作れる)

 

妻に責められ、少々自信をなくしていたこともある。
作っているのはおにぎりにしては巨大で、おにぎりとは呼べぬ雪のブロックだったが、石尾はかまわなかった。
裏庭の片隅にしゃがみ、スーツに雪がつくのもかまわず、ブロックを形作っていく。

 

そうして、三角柱のような何かを作った。
やり遂げた気分だった。
作っているうちに20分以上が経過していた。


(よし、戻ろう)


石尾は、自分が作った謎の三角柱を、最初の三角柱の隣に並べ、第1棟に戻った。

 

***

 

次に裏庭を通りかかり、謎の三角柱に気づいたのは加藤兼人だった。
加藤はイルズクのスタッフである。
第2棟から出て、その横にある、燻製などを作る工房に向かう途中だった。

 

三角が並んでいる。
奥行きのある三角が。
誰が作ったのだろう。
お客様だろうか。

 

加藤は少し考え込んだあと、雪のブロックをもうひとつ作り、ふたつの三角のあいだに足してから工房に向かった。

 

***

 

翌日。
淵見は、第2棟に生徒の様子を見に行った。
昨夜、なぜか、はだしにジャージのまま外に出て凍えた生徒がいたのである。

 

その生徒は、いつまで経っても顔色が悪いままだった。
もともとこういう顔色だっただろうか、それとも凍えたときのダメージが影響しているのだろうか。
見れば見るほど、見ているこちらが不安になる顔色の生徒を心配して、淵見は朝からその生徒の部屋を訪ねて体調を確認した。

 

しばらくその生徒の様子を見ていたが、顔色はやはり悪いままだった。しかし、顔色が悪いだけで体調が悪いわけではない、らしい。
よくわからない。
それ以上できることもなく、淵見は自分に割り振られた部屋に戻ることにした。

 

来るときには生徒が気がかりで見落としていた。
部屋に戻る今、やっと気づいた。
昨日、裏庭の片隅、自分が作った三角柱の周囲に、ブロックが増えていることに。

 

何だろう。
淵見が作った三角柱の横にもうひとつ、同じくらいの大きさ、同じ形のブロックができていた。

そのふたつのブロックのあいだに、五角柱、野球のホームベースを分厚くしたようなブロックが挟まっている。

 

何だろうこれは。
誰かが淵見の作ったブロックを見て、創作意欲がスパークしてしまったのだろうか。
しかしこれは何なのだろうか。
ブロックが積まれている以上のものには見えない。

 

淵見は、少々考えたのちに、「凹」の文字に似た形のブロックを作った。
それを、逆さにしてホームベースの上に載せる。
凍りついて地面と一体化しているのか、土台となっているふたつの三角柱は微動だにせず、揺るがない。

 

これでよし。
何なのかがよくわからないので、これでいいも何もない気もしたが、とにかく淵見はそう思った。
それから部屋に戻るべく、第3棟へと移動した。

 

***

 

雪が降りそうだ。

 

石尾は、また部屋を締め出された。
同室の部下が、またもや鍵を持ったまま部屋を出ているのである。


連絡して、どこにいるのか本人に聞いてもいいのだろうか。
今は、研修の合間の休憩時間である。
午前のカリキュラムが終わり、午後からの講習に備える休憩時間である。

 

石尾は、講習に必要なノートPCを、部屋に置いてきていた。
午前の部が終わったらいったん部屋に戻り、午後の準備をする予定だった。

しかし部下がいないので、鍵を持っていない石尾は部屋に戻れない。

 

休憩時間にどこにいるのか聞くのはパワハラなのだろうか。
何のハラスメントなのかは石尾にはよくわからなかった。
しかし、石尾はとにかくハラスメントをしてしまうことを恐れ、部下が戻るのをあと15分だけ待つことにした。

 

待っているあいだ、ヒマだったのでまた妻の部屋を訪ねた。
訪ねて、またもやキツめの言葉をいただいた。

イルズクを10分間放浪することになった。
所在ない。

 

石尾は、妻が宿泊している第2棟から出て、第1棟に向かおうとした。
途中、やることがないので建物の周りを無駄に回った。
そして、第2棟の裏庭で、片隅の雪のブロックが増えていることに気づいた。

誰かが三角柱のブロックに、別のブロックを足している。

 

(しかし、これは……。これはいったい何なのだろう)

 

石尾は、積み重ねられ、時間が経ったことで凍りついているブロックをしばし見つめた。

それから、もうひとつブロックを作った。
今は雪は降っていないが、裏庭は日当たりが悪く、昨日までに積もった雪が溶けきっていないため、材料が足りなくなることはなかった。

 

結局、石尾は、丸い形のブロックを作った。
それを、凍りついたブロックの群れの上に載せる。


これは……、これはいったい何なのだろう。
できたものを見ても石尾はそう思った。
首をかしげながら、石尾は第1棟の中に戻った。

 

***

 

その翌日。
加藤は、第2棟の非常口の鍵を開け、そこから顔をのぞかせて外を見た。

 

「外に足跡はない……。手がかりがあったとしても雪のせいで消えてますね。その男は一昨日の停電のあいだに従業員用トイレにいたんですね?」

 

加藤の背後にいた渡瀬が、うなずきながら答える。

 

「はい。俺はお客さんが従業員用トイレに紛れ込んでいるのかと思っていて……」
「お客様、ですかね……。お客様だとして、どのお客様か……、渡瀬くん、わかりますか?」
「いえ、俺は直接顔を合わせるわけじゃないので」
「そうですよね。フロントも見てないんですよね。非常口からフロントに行ったわけでもなく。ふだん非常口は鍵がかかってるんですが、ここの鍵は停電すると解錠されるタイプですからね」
「一昨日も開いてたってことですね。そこから入って……、トイレを使いたいだけだったんですかね」
「それだったら正面玄関から入ってフロントに言ってもらえれば、お客様用トイレをお貸ししただろうに」
「ですよね……、あの、あれ何ですか?」

 

渡瀬の指摘で、加藤は裏庭の片隅にあるものに気づいた。
加藤が、それを説明するのにしっくりくる言葉を探している様子を見て、渡瀬はさらに問いかけた。

 

「雪像ですかね……?」
「雪像……、雪像ですかね、これ……。一昨日、私がこれを見かけたときよりも、だんだん増えていっていますね。最初はふたつの三角が横に並んでいるだけだったんです。昨日どうなっていたのか、私は休みだったので知りませんが、今日こんなことになっていますね」
「何ですかね、これ」
「私のほうが知りたい。何ですか、これ」
「俺にもさっぱり」

 

ふたりで首をかしげながら、裏庭の片隅の雪のブロックの群れを眺める。
昨日雪が降ったことと、時間が経過していることもあるのか、ブロックは最初の形よりもムクムクと大きくなっているように加藤の目に映った。

 

「人ですかね。メカですかね」

 

渡瀬がポツリと言った。
加藤は、自分の背後にいる渡瀬の顔を見たあと、雪のブロックに視線を戻した。
それからおもむろに口を開いた。

 

「人……、メカ……。そう言われれば……そう見える、よう、な? いえ、やはり雪のブロックに見えますけど」
「上に載ってるのが頭に見えませんか? で、あれが足で」
「ああ、ふむ。なるほど……。で、これをどうすればいいと思いますか、渡瀬くん」
「『どうすればいいか』というと……、これを片付ける方法ですか?」
「いえ、お客様が遊んでいらっしゃるのだろうし、あまり早く片付けすぎてもどうかという感じはします。そうでなく、これに付け足すとしたら何でしょうか」

 

唐突に出された難題に、渡瀬は黙った。
そして、黙ったまましばし考え込んだあと、首をかしげながら答えた。

 

「何だろう……、キャタピラとか」

 

その言葉に、加藤は真顔でうなずいた。

 

「じゃあ、渡瀬くん、キャタピラ作っといてください。今はしばらくヒマでしょう」
「え。俺が、ですか」
「頼みましたよ。それでは」

 

加藤は、工房の方向に去って行った。
裏庭に残った渡瀬は、加藤のうしろ姿をしばし見つめたあと、片隅の雪ブロックの塊に視線を移した。

 

これは何なのだろう。
いや、キャタピラだ。
これが何なのかはわからないが、とにかくキャタピラを作らねばならない。

 

冷えて地面に凍り付いた雪ブロックたちを、キャタピラに乗せることができるだろうか。それ以前に、自分に、一見してそれとわかるキャタピラを作れるのだろうか。
さまざまな疑問がよぎり、消えていった。


渡瀬はその場にしゃがみ、雪をかき集める作業を始めた。

 

 

 

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その後できた雪像

 

(おわり 26/30)

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

文章で立体を説明する、という試みです。しかしマイ文章のこの説明で、この雪像が想像できるのだろうか…。はじめに雪像をザックリと決めて、それを説明する感じで書いております。

しかしこの説明で、この雪像が想像できるものなのか…(2回目)。

説明できている自信がまったくないので絵を描いてみました。

この絵も何か…ちゃんと雪っぽく見えるのだろうか等の疑問がありますが。

 

絵を描いて思ったんですが、この雪像はいったい何なんでしょうかね…。

雪の像だから雪像と言っていいと思うんですけども。

まったく縁もゆかりもない、ただ同じ宿泊施設に泊まっているだけという関係の人たちが、なぜか協力し合って…いるわけじゃないんだけども、まるで協力しあっているかのようにわけがわからないまま適当に行動してたら、最終的にみんなで雪像作ったことになりました、というアレですね。どれなのかよくわかりませんが…。

空気読むのが強制だとつらいでしょうけども、正解は誰にもわからないし、正解しなくても問題ない中、空気で方向性を読む人たち。たぶん全員間違ってるんだと思います。