スイカごっこ

今のところ創作の話を少々のびのびゴロゴロと

バトンタッチ・積み木

淵見梨穂は、宿泊施設「ログキャビン・イルズク」第2棟の正面入り口から外に出た。


第2棟での朝の打ち合わせを終え、自分が泊まっている第3棟に戻るところである。
淵見は、養護教諭だった。
植矢高校にはふたり養護教諭がいて、そのうちのひとりである淵見が、今年の1年生のオリエンテーション合宿の引率として参加していた。

 

淵見は、第2棟と第3棟のあいだにあるイルズクの裏庭を歩いた。
実際は特に名はついていないようだが、日当たりが悪いために裏庭と呼びたくなる狭い空間だ。
日当たりが悪いせいなのか、ほかの人影は見えない。
淵見は、その裏庭を通って第3棟の正面出入口に向かおうとして、ふと思い直した。

 

日当たりが悪いせいなのか、裏庭に溶けないままの雪が残っていた。雪を手に取る。
冷たい。
淵見は防寒用の装備を身につけていなかった。
しかし、冷たさに震えながらも、なぜかその場を離れられない。
学校行事で泊まりに来ているため、ひとりになれる場所が裏庭くらいしかないからだろうか。

 

気づくと、淵見はおにぎりを握っていた。
雪のおにぎりだ。
何をやっているのだろう、私は。
淵見は自分でもそう思い、雪でできたおにぎりを砕いて周りの雪に混ぜようとした。

 

が、もったいないような気がしてきて、もう少しおにぎりに雪を足し、高さが30センチほどの巨大おにぎりにしてみた。
おにぎりが巨大だと驚かれるだろうか。
誰が見るのか、誰が驚くのか自分でもわからなかったが、とにかく淵見はそう思った。

 

巨大おにぎりの面影を消そうと、さらに雪を足し、削り、ならす。
できた。
高さ30センチ、幅30センチ、奥行き20センチほどの三角柱である。
これが何なのかは淵見にもわからなかったが、とにかくおにぎりの面影はないから、おにぎりと間違われることもないだろう。

 

手が冷たい。
早く部屋に戻ろう。
淵見は、その三角柱を裏庭の隅の地面の上に置いて、第3棟に戻った。

 

***

 

「おにぎり握ったこともない人に余計なこと言われたくない」

 

石尾伝二は、先ほどの妻の言葉を思い出した。
イルズクの第2棟を出て、第1棟の正面入り口に向かうところだった。
石尾は会社の新人研修に上司として付き添い、イルズク第1棟に宿泊していた。
時を同じくして、石尾の妻・志乃枝も別の団体の旅行で第2棟に宿泊している。

研修のすきま時間に妻に会いに行き、今日もまたつれない態度を取られたところだった。

 

妻は怒っていたのである。
仕事で来ているのなら仕事に集中しろと。
夫婦で話すのなら、夫婦で旅行に行けばいいと。
そこは別にすれば良いのに、なぜ混ぜてしまうのか。
公私混同をなぜしてしまうのか。
石尾は4泊5日のあいだ、空き時間に妻の様子を見に行っては責められることを繰り返していた。

 

責められたついでに、きつめの言葉を今日もぶつけられた。
それが「おにぎり握ったことない人に」だった。
確かに石尾は、おにぎりを握ったことはなかった。
なぜなら、それほどおにぎりが好きではなかったからだ。
だが、妻は「台所仕事を私ひとりに押しつけて」という含みを持たせた言い方をした。

 

(おにぎりを作るくらいなら俺にもできる)


なぜか石尾はおにぎりに固執した。
妻が言いたいのはおにぎりを握れるかどうかではなく、夫婦の役割分担についてなのだろう、と想像はできた。
が、石尾が直接責められたのは、おにぎりを作れないことである。

 

「きっと妻はこう言いたいのだろう」と想像し、それを外しては妻に怒られることが常だった石尾は、妻が本当に怒っているときは、直接言われたこと以外を勝手に脳内で補完しない習性が身についていた。

察することをやめた理由は「勝手な想像をしても、どうせ外すから」である。


(おにぎりくらい)
(おにぎりくらい俺だって)

 

そんなことを考えながら歩いていると、石尾はいつの間にか狭い場所に出ていた。
第2棟から第1棟に行くだけなら通る必要のない場所だったが、考え事をしていたせいで、ウロウロと狭い空間に迷い込んでしまったらしい。


すでに日が暮れていて、屋外灯がついていたが、この裏庭のような場所には屋外灯の明かりも届かない。
だが、雪が積もっているせいなのか、辺りは薄明るい。

 

「薄明るい」のか「薄暗い」のかわからぬ空間で、石尾は三角柱を目にした。
巨大なおにぎりのような、いやおにぎりにしては巨大すぎる三角柱だ。
何だろうこれは。

 

それは、雪を固めて作ったブロック、のようなものだった。
誰が作ったのだろう。
なぜこんな所に。

 

「……」

 

少々考えてから、石尾は自分も同じものを作ってみることにした。
さきほど同室の部下から連絡があり、ここ20分ほどは部屋に戻れないことが判明したばかりだった。
鍵を持っているのが部下なので、石尾が部屋に戻ったところで入れないのである。

 

フロントに申し出ればスペアキーを借りられるのかもしれなかったが、妻に言われた通り、公私混同を堂々としていたため、なんとなく言い出しにくかった。
20分、部屋に戻るのを遅らせればいいだけだ。
そういったわけで、石尾は時間を潰す必要があったのである。

 

(俺にだって、おにぎりくらい作れる)

 

妻に責められ、少々自信をなくしていたこともある。
作っているのはおにぎりにしては巨大で、おにぎりとは呼べぬ雪のブロックだったが、石尾はかまわなかった。
裏庭の片隅にしゃがみ、スーツに雪がつくのもかまわず、ブロックを形作っていく。

 

そうして、三角柱のような何かを作った。
やり遂げた気分だった。
作っているうちに20分以上が経過していた。


(よし、戻ろう)


石尾は、自分が作った謎の三角柱を、最初の三角柱の隣に並べ、第1棟に戻った。

 

***

 

次に裏庭を通りかかり、謎の三角柱に気づいたのは加藤兼人だった。
加藤はイルズクのスタッフである。
第2棟から出て、その横にある、燻製などを作る工房に向かう途中だった。

 

三角が並んでいる。
奥行きのある三角が。
誰が作ったのだろう。
お客様だろうか。

 

加藤は少し考え込んだあと、雪のブロックをもうひとつ作り、ふたつの三角のあいだに足してから工房に向かった。

 

***

 

翌日。
淵見は、第2棟に生徒の様子を見に行った。
昨夜、なぜか、はだしにジャージのまま外に出て凍えた生徒がいたのである。

 

その生徒は、いつまで経っても顔色が悪いままだった。
もともとこういう顔色だっただろうか、それとも凍えたときのダメージが影響しているのだろうか。
見れば見るほど、見ているこちらが不安になる顔色の生徒を心配して、淵見は朝からその生徒の部屋を訪ねて体調を確認した。

 

しばらくその生徒の様子を見ていたが、顔色はやはり悪いままだった。しかし、顔色が悪いだけで体調が悪いわけではない、らしい。
よくわからない。
それ以上できることもなく、淵見は自分に割り振られた部屋に戻ることにした。

 

来るときには生徒が気がかりで見落としていた。
部屋に戻る今、やっと気づいた。
昨日、裏庭の片隅、自分が作った三角柱の周囲に、ブロックが増えていることに。

 

何だろう。
淵見が作った三角柱の横にもうひとつ、同じくらいの大きさ、同じ形のブロックができていた。

そのふたつのブロックのあいだに、五角柱、野球のホームベースを分厚くしたようなブロックが挟まっている。

 

何だろうこれは。
誰かが淵見の作ったブロックを見て、創作意欲がスパークしてしまったのだろうか。
しかしこれは何なのだろうか。
ブロックが積まれている以上のものには見えない。

 

淵見は、少々考えたのちに、「凹」の文字に似た形のブロックを作った。
それを、逆さにしてホームベースの上に載せる。
凍りついて地面と一体化しているのか、土台となっているふたつの三角柱は微動だにせず、揺るがない。

 

これでよし。
何なのかがよくわからないので、これでいいも何もない気もしたが、とにかく淵見はそう思った。
それから部屋に戻るべく、第3棟へと移動した。

 

***

 

雪が降りそうだ。

 

石尾は、また部屋を締め出された。
同室の部下が、またもや鍵を持ったまま部屋を出ているのである。


連絡して、どこにいるのか本人に聞いてもいいのだろうか。
今は、研修の合間の休憩時間である。
午前のカリキュラムが終わり、午後からの講習に備える休憩時間である。

 

石尾は、講習に必要なノートPCを、部屋に置いてきていた。
午前の部が終わったらいったん部屋に戻り、午後の準備をする予定だった。

しかし部下がいないので、鍵を持っていない石尾は部屋に戻れない。

 

休憩時間にどこにいるのか聞くのはパワハラなのだろうか。
何のハラスメントなのかは石尾にはよくわからなかった。
しかし、石尾はとにかくハラスメントをしてしまうことを恐れ、部下が戻るのをあと15分だけ待つことにした。

 

待っているあいだ、ヒマだったのでまた妻の部屋を訪ねた。
訪ねて、またもやキツめの言葉をいただいた。

イルズクを10分間放浪することになった。
所在ない。

 

石尾は、妻が宿泊している第2棟から出て、第1棟に向かおうとした。
途中、やることがないので建物の周りを無駄に回った。
そして、第2棟の裏庭で、片隅の雪のブロックが増えていることに気づいた。

誰かが三角柱のブロックに、別のブロックを足している。

 

(しかし、これは……。これはいったい何なのだろう)

 

石尾は、積み重ねられ、時間が経ったことで凍りついているブロックをしばし見つめた。

それから、もうひとつブロックを作った。
今は雪は降っていないが、裏庭は日当たりが悪く、昨日までに積もった雪が溶けきっていないため、材料が足りなくなることはなかった。

 

結局、石尾は、丸い形のブロックを作った。
それを、凍りついたブロックの群れの上に載せる。


これは……、これはいったい何なのだろう。
できたものを見ても石尾はそう思った。
首をかしげながら、石尾は第1棟の中に戻った。

 

***

 

その翌日。
加藤は、第2棟の非常口の鍵を開け、そこから顔をのぞかせて外を見た。

 

「外に足跡はない……。手がかりがあったとしても雪のせいで消えてますね。その男は一昨日の停電のあいだに従業員用トイレにいたんですね?」

 

加藤の背後にいた渡瀬が、うなずきながら答える。

 

「はい。俺はお客さんが従業員用トイレに紛れ込んでいるのかと思っていて……」
「お客様、ですかね……。お客様だとして、どのお客様か……、渡瀬くん、わかりますか?」
「いえ、俺は直接顔を合わせるわけじゃないので」
「そうですよね。フロントも見てないんですよね。非常口からフロントに行ったわけでもなく。ふだん非常口は鍵がかかってるんですが、ここの鍵は停電すると解錠されるタイプですからね」
「一昨日も開いてたってことですね。そこから入って……、トイレを使いたいだけだったんですかね」
「それだったら正面玄関から入ってフロントに言ってもらえれば、お客様用トイレをお貸ししただろうに」
「ですよね……、あの、あれ何ですか?」

 

渡瀬の指摘で、加藤は裏庭の片隅にあるものに気づいた。
加藤が、それを説明するのにしっくりくる言葉を探している様子を見て、渡瀬はさらに問いかけた。

 

「雪像ですかね……?」
「雪像……、雪像ですかね、これ……。一昨日、私がこれを見かけたときよりも、だんだん増えていっていますね。最初はふたつの三角が横に並んでいるだけだったんです。昨日どうなっていたのか、私は休みだったので知りませんが、今日こんなことになっていますね」
「何ですかね、これ」
「私のほうが知りたい。何ですか、これ」
「俺にもさっぱり」

 

ふたりで首をかしげながら、裏庭の片隅の雪のブロックの群れを眺める。
昨日雪が降ったことと、時間が経過していることもあるのか、ブロックは最初の形よりもムクムクと大きくなっているように加藤の目に映った。

 

「人ですかね。メカですかね」

 

渡瀬がポツリと言った。
加藤は、自分の背後にいる渡瀬の顔を見たあと、雪のブロックに視線を戻した。
それからおもむろに口を開いた。

 

「人……、メカ……。そう言われれば……そう見える、よう、な? いえ、やはり雪のブロックに見えますけど」
「上に載ってるのが頭に見えませんか? で、あれが足で」
「ああ、ふむ。なるほど……。で、これをどうすればいいと思いますか、渡瀬くん」
「『どうすればいいか』というと……、これを片付ける方法ですか?」
「いえ、お客様が遊んでいらっしゃるのだろうし、あまり早く片付けすぎてもどうかという感じはします。そうでなく、これに付け足すとしたら何でしょうか」

 

唐突に出された難題に、渡瀬は黙った。
そして、黙ったまましばし考え込んだあと、首をかしげながら答えた。

 

「何だろう……、キャタピラとか」

 

その言葉に、加藤は真顔でうなずいた。

 

「じゃあ、渡瀬くん、キャタピラ作っといてください。今はしばらくヒマでしょう」
「え。俺が、ですか」
「頼みましたよ。それでは」

 

加藤は、工房の方向に去って行った。
裏庭に残った渡瀬は、加藤のうしろ姿をしばし見つめたあと、片隅の雪ブロックの塊に視線を移した。

 

これは何なのだろう。
いや、キャタピラだ。
これが何なのかはわからないが、とにかくキャタピラを作らねばならない。

 

冷えて地面に凍り付いた雪ブロックたちを、キャタピラに乗せることができるだろうか。それ以前に、自分に、一見してそれとわかるキャタピラを作れるのだろうか。
さまざまな疑問がよぎり、消えていった。


渡瀬はその場にしゃがみ、雪をかき集める作業を始めた。

 

 

 

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その後できた雪像

 

(おわり 26/30)

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

文章で立体を説明する、という試みです。しかしマイ文章のこの説明で、この雪像が想像できるのだろうか…。はじめに雪像をザックリと決めて、それを説明する感じで書いております。

しかしこの説明で、この雪像が想像できるものなのか…(2回目)。

説明できている自信がまったくないので絵を描いてみました。

この絵も何か…ちゃんと雪っぽく見えるのだろうか等の疑問がありますが。

 

絵を描いて思ったんですが、この雪像はいったい何なんでしょうかね…。

雪の像だから雪像と言っていいと思うんですけども。

まったく縁もゆかりもない、ただ同じ宿泊施設に泊まっているだけという関係の人たちが、なぜか協力し合って…いるわけじゃないんだけども、まるで協力しあっているかのようにわけがわからないまま適当に行動してたら、最終的にみんなで雪像作ったことになりました、というアレですね。どれなのかよくわかりませんが…。

空気読むのが強制だとつらいでしょうけども、正解は誰にもわからないし、正解しなくても問題ない中、空気で方向性を読む人たち。たぶん全員間違ってるんだと思います。