スイカごっこ

今のところ創作の話を少々のびのびゴロゴロと

2019-10-01から1ヶ月間の記事一覧

トイレの番人

「三条さーん、だいじょぶ?」 トイレのドアを叩く音と同時に声がした。三条(さんじょう)鈴花(すずか)の寮における同居人、代々木の声だった。 寮とは言っても、実質は普通のアパートの1室である。いちおう、ひとりに対し1部屋が割り当てられるため、三条…

迷う自転車

信号が青に変わった。阿野田(あのだ)慎(まこと)は自転車のペダルを踏み込んだ。周りの空気が風となって後ろに過ぎ去っていく。 阿野田が乗っているのはママチャリだった。寮暮らしをする者たちのために派遣会社が用意しているものである。今まであまり使って…

不安男

外が明るい。バスの中で皆見(みなみ)数豊(かずとよ)は思った。いつもより早い、工場から寮に帰るバスである。 「えー、何人かに早退してもらいましょうか」 工場で班長が言っていた。皆見もその中に含まれていた。 作業する人間が多すぎたらしい。なぜそんな…

食堂にて~昼と夜~

食堂(正午) 食堂の職員、曽々木(そそぎ)は鍋をじっと見つめていた。髪が落ちないようかぶっている帽子の中がむれる。暑い。それもあと少しの辛抱だ。曽々木は自分に言い聞かせた。このビッグウェーブが通り過ぎてしまえば、今日の仕事はほぼ終わりである。…

トゥインクリング・スターズ&ブリンキング・ジ・アイズ

小さな体にうらみがパツンパツンに詰まっている。鳴瀬桃乃(なるせももの)は自分のことをそう思っていた。 同じ工場に勤めていた目木(めぎ)楓子(ふうこ)を最初に見たときも、悔しくて悔しくて、どこから来るのかわからぬ、うらみのような、ひがみのような、妬…

増やしては、めぐりめぐる

もう来なくていいよ。もう来なくていい。君の席は来週にはなくなる。 思い出したくもない事務室での会話。思い出したくもないのに勝手に脳裏によみがえる会話。 「ただいまー。あ、目木さーん、ガムテいる?」 開けっぱなしになっていた寮の目木(めぎ)楓子(…

数字好きと会話のラリー

鳥手(とりで)純太(じゅんた)は、自分の作業机の上部に取りつけられたLED情報板を見上げた。4桁の赤い数字が縦に3つ並んでいる。予定、実績、差。 目標の数値と、実際にこなした数値。そしてその差。 鳥手が受け持っている作業は、基盤の上にメモリのよ…

いつもの風景、そして初日前日のふたり

「あ、そうだ。工場内を回る際、名札をつけてもらいます」 場藤乙夏(ばとうおとか)は事務室から出ようとして、思い出して事務室内にきびすを返しながら言った。そして、すでにできあがっていた名札を棚から取り出し、おのおの名前の持ち主に渡した。新しく入…