スイカごっこ

今のところ創作の話を少々のびのびゴロゴロと

ホッケ氏を見守りたい会

「女子高生ぶるのももう限界かもしれない」

 

行枝(ゆくえだ)(もえ)は悲愴な顔でそう言った。

 

「限界ってこともないでしょ……年はそう変わらないんだし」

 

妻藤(さいとう)美咲(みさき)は小さいような大きいような、どちらとも判断のつかない鏡を左手に持ち、マスカラを塗りながらのんびりと言った。

 

「いいや、でもハタチ過ぎてJKコスプレはきつい」
「言わなきゃわからんよ、絶対。ハタチ超えてるとか」
「いや、わかるでしょ」
「わかるわけないよ。平均寿命が100才を超えようとしているご時勢ですよ、行枝さん……」
「……100?」


行枝はゴクリと息を飲んだ。

 

「100です、行枝さん……」


妻藤は鏡から目を離し、左手に鏡、右手にマスカラを持ったまま行枝のほうを向いた。
そしてなぜか敬語のまま言葉を続けた。

 

「100年生きる世代なのですよ、我々は……。たかだか5年分や6年分の記憶をなくしたからと言って、それが何だというのです」
「いや、なくしてないけど記憶」
「なくしたも同然です。そう考えればよいのです。高校卒業してから今までの記憶をなくしたのだと。あなたは今いくつですか、行枝さん」
「じゅ……18?」
「そうです……。それでよいのです」
「絶対よくないってぇ!」

 

行枝はのけぞって天を仰ぎながら叫んだ。

 

そんなふうに伊名井駅の改札を出たところで騒いでいたら、駅員に注意された。

 

「すみません」

 

行枝と妻藤は素直に謝った。
モメごとを大きくして、身分証明書を見せなければならない事態に陥るのは極力避けたかったのである。


ふたりは女子高生のコスプレをしていたが、そのコスプレはお金にまったく関係がなかった。職業的な必要性に迫られてコスプレをしているわけではないのである。

単なる趣味である。
正しくは、単なる見栄である。
なぜ女子高生のコスプレをしていると見栄を張ることになるのか。
その質問を妻藤にしたならば、彼女はこう答えるであろう。

 

「世の中がそうなっているからです……」

 

と。

 

女子高生はチヤホヤされる。
ふたりが当の女子高生だったころ、特にチヤホヤされた思い出があるわけではない。
しかし女子高生を脱皮してからなぜかそういう思いにとりつかれるようになった妻藤は、そう言って行枝を説き伏せ、一緒にコスプレをする仲間に引き込んだのである。

 

特にチヤホヤされた思い出のないふたりでも、女子高生時代に痴漢等、不快な思いをしたことはよくあった。
フェイク女子高生がいれば、本物の女子高生を守ることにもつながるのではないか。
我々は後進を守り、育てるために最大限努力しているのではないか。

 

特に現役女子高生の知り合いがいるわけでも何でもない妻藤だったが、そんなことをよく、うそぶいた。
どちらかというと、赤の他人である現役女子高生を守ることよりも、女子高生の格好をしていたがために襲われた女にならないよう自分の身を守らねばならない気がしたが、行枝は大義名分を欲していた。
そうだ、我々は後進を守っているのだ。

 

行枝と妻藤はSNSを通じて出会った知り合いだった。
そして今もSNSで知り合いを増やし続けていた。
つまり、JKコスプレ仲間は増え続けていた。
今ではちょっとしたJKコスプレ集団である。
ふたりが伊名井駅の改札口にいたのも、ほかのコスプレメンバーとの待ち合わせのためだった。

 

駅前にできたタピオカ屋で、やたらとタピオカを消費するのがコスプレ集団のメイン活動だった。コスプレ姿で集合して、タピオカを飲んだらその日は解散である。
雑な女子高生のイメージである。
まったく女子高生のことをわかっていないJKコスプレ集団だった。

 

ある日、集団の中で話題になった人物がいる。

 

「ほう。男性」
「名前は?」
「調べても大丈夫だと思います?」
「あ、やめとこ。なんかやり過ぎて訴えられたら怖いし」
「じゃあ、我々のあいだだけのコードネーム、仮の名前つけましょうか」
「誰に似てる?」
「誰だろ……、芸能人だと」
「あたし最近テレビ見てないです、まったくわかりませんすいません」
「あたしも」
「前にスーパーで、その人がホッケ買ってるの見ました」
「じゃあホッケで」

 

そんな適当な経緯で名付けられたコードネーム・ホッケ氏だった。

 

「顔がいい?」
「ですね。超美形です。けど、素朴な感じのタイプ」
「素朴な超美形」
「ありえるのかそれは」
「けっこういそうですよ」
「うむ。超☆ドストレート!! 見守る相手に不足なし!!」

 

妻藤は店内にもかかわらず、イスに座ったままポーズをつけながら雄叫びを上げた。

 

「妻藤さんのタイプだったんですかね」
「まだ顔見てないのに」
「妻藤さん、遊び人嫌いですか?」
「嫌い!」
「そうですかあ、あたしはちょっと遊び慣れてる感じのほうがいいですけどねえ。見守る対象としては」
「あ、それはなんかわかる」

 

わかるわかる、と集団内で声が上がった。

 

「そうか。それは失礼した」

 

妻藤は素直に引いた。


その後のタピオカを飲みながらの会議、タピオカ会議において、ホッケ氏をしばらく見守ったのち、次の見守り対象を見つけよう、ということになった。
ずっと見守り続けてしまうと、思いを募らせた集団内の誰かが何かをしてしまいそうな予感があったからである。

 

そんなざっくりした期限付きではあったが、集団はホッケ氏をそっと、そして熱く見守った。
しかし、ホッケ氏はあまり町なかにいなかった。
どうやらホッケ氏は工場に勤めているらしい。

そこでだいたい週6日、毎日12時間ほど拘束される。

工場の寮であるらしいアパートにはおそらく寝に帰るだけ。
工場までの移動はバスで、バスに乗るまではだいたい同居人が一緒にいる。帰りも同様である。
休日に外出するときは、買い出しなのか、だいたい体格のいい男と一緒に出掛ける。

 

「ひ、ひとりでいる時間がほぼない……だと?」

 

妻藤は大げさにつぶやいた。

 

「別に見守るだけならひとりじゃなくてもかまわないですけどね」
「それはそうだが、あまりに極端ではないか……。隙のない男……ッ」

 

妻藤が口惜しげに言う。

 

「あたし気づいたんだけど」

 

行枝が言った。

 

「コンビニに行くとき、ひとりになるよね。ホッケ氏、同居人っぽい人と別れて違うコンビニ行くんだよね」
「ほう」

 

妻藤の目がキラリと光った。

ホッケ氏がひとりになるポイントを見つけた集団は、そこをピンポイントで見守ることにした。工場のスケジュールによって、コンビニに行く時間が異なるようだということに気づいてからは、彼が訪れるであろう時間を予測し、コンビニで待ち構えるようになった。

そしてホッケ氏を見守り、彼が声を発するような場面、チキンだの肉まんだのを買う場面で、ひとしきりざわざわした。

 

その後、集団に物足りない気持ちが訪れた。

何か、彼の役に立ちたい。
しかし、だからといってこれ以上つきまとったら迷惑な集団として認識されてしまう。
フェイク女子高生だということもバレてしまうかもしれない。

後ろ暗い秘密を持つ面々は、役に立ちたい気持ちと秘密を保持したい気持ちのあいだで揺れた。

 

その後の調べで、ホッケ氏が同居人氏と別のコンビニに行く理由は野菜である、ということが判明した。
ホッケ氏がよく行く送迎バスの停留所から遠いコンビニでは、カット野菜だけではなく、まるごとのままの新鮮な生野菜が売られていたのである。
スーパーが寮の近くになかったため休日以外にはめったに行けず、それでホッケ氏はこのコンビニを重宝しているのであろう。

 

「野菜か……。お野菜を欲しているのですね、ホッケ氏は」
「欲してはいるが供給済みですね、己のチカラで」
「何か……、何か我々にできることはないか」
「男性のひとり暮らしといったら、足りなくなるのは『おふくろの味』かねえ」

 

妻藤が適当に言った。
このころには、妻藤のホッケ氏への興味が徐々に薄れ始めていたのである。

 

「ひとり暮らしじゃないですけどね」
「けどまあ、寮だったら純粋なふたり暮らしというよりも、ひとり暮らしの延長と考えてよいのでは」
「いいんじゃないでしょうか、『おふくろの味』」
「では、『おふくろの味』を最後に彼に提供して、この見守りを終了するということにしましょうか」
「そっすね」
「ですね」
「あいー」
「了解」
「わかった」
「そうしましょう」
「はい」
「賛成」
「ええ」

 

集団は今も増え続けていた。
毎回時間や都合が合う者ばかりではなかったため、平均で全体の5割ほどのメンバーしか参加していなかったが、それでも10名に達していた。
この集団で『おふくろの味』を提供するのである。

 

『おふくろの味』とは何なのか。
肉じゃがなのか。
唐揚げなのか。
回鍋肉なのか。

 

「回鍋肉は違うんじゃないですか」
「うちの『おふくろの味』は回鍋肉でした。作ってたのは父ですけど」
「そうか、そういう可能性もあるな」
「ありますね」
「和食とは限らないですよね、『おふくろの味』って」
「む、意外と難しいですね」

 

おふくろの味合議は暗礁に乗り上げかけたかのように見えたが、完全に飽きていた妻藤の鶴の一声で結論が出た。

 

「固体だと鍋とか容器回収しなきゃいけなくね? 液体にしよう、汁がいい。味噌汁」
「味噌汁でも鍋とか容器は必要でしょう」
「袋に入れて届けたらどうだろう」

「それなら固体のほうがむしろいい気はしますが」

「でもスープ系はいいよね、食べやすいし」

「確かに味噌汁はおふくろっぽいかも」

「じゃあ味噌汁を袋に入れるってことで」

「おお、おふくろっぽい」

「謎の『おふくろ感』だ」
 

単に字面だけの問題なのか、袋に入れて味噌汁を届けるのが集団が考える「おふくろっぽさ」なのかは不明だったが、とにかくそういうことになった。
届ける方法は、なんとなくおふくろっぽく、ホッケ氏が住むアパートのドアノブに袋を引っ掛けておけばよい。

 

集団はさっそく取り掛かった。

よき日柄を見極め、レンタルキッチンで味噌汁作りに励んだ。

作り手の人数が多かったためなのか、参加者各自が具材を持ち寄ってしまい、具が多い味噌汁となったが、とにかく完成した。

 

集団は味噌汁を入れた袋を持ち、ホッケ氏が住むアパートまでやって来た。

 

「大丈夫? 袋の口、ちゃんと閉まってる?」
「大丈夫です」
「袋、破けてない?」
「大丈夫です。2枚重ねてますし」
「これ味噌汁だってわかりますかね?」
「どうだろう」
「ちょっと具が多すぎたかな」
「まあ大丈夫ですよ。それじゃノブに引っ掛けましょう」

 

ガサガサと音を立てて味噌汁が入ったビニール袋、が入ったビニール袋をドアノブに引っ掛けた。
今日はホッケ氏は日勤のはずである。
夜になったら帰ってきて、我々の『おふくろの味』を発見するだろう。
集団は各自でそんなことを胸の内で思い、ホッケ氏のアパートをあとにした。

 

集団の活動はこれからも続くが、ホッケ氏の見守りはこれで終了した。
駅での別れ際、最後は一丁締めで締めようということになった。

音頭を取るのは妻藤である。

 

「それでは、ホッケ氏のますますのご発展を祈りましょう。みなさん、お手を拝借! よーぉっ」

 

ぱん!

 

「ありがとう! では本日は解散!」

 

これがのちにホッケ氏付近で「謎汁事件」として話題になってしまった出来事の発端である。

 

(おわり 019/030)

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

↓フェイク女子高生たちの味噌汁が「謎汁」として扱われる不条理な話。「おふくろの味」に飢えてることに(勝手に)されたホッケ氏ですが、実際どうだったのか…。

suika-greenred.hatenablog.com

↓ホッケ氏本人にも謎だなあと思われていた(そらそうだろう)。しかしホッケ氏本人には、フェイク女子高生集団の親切心は(なぜか)伝わっていた…。

suika-greenred.hatenablog.com

↓内容的には直接のつながりはありませんが、伊名井駅前の店が出てくる話。伊名井駅周辺には食べ物屋が多い(のかもしれない、書いてるの2軒だけですが)。

suika-greenred.hatenablog.com