私のお気に入りのパンツが動いたんです
ハッ。
移動してる。
私のお気に入りのパンツが。
……という事件があったわけです、昨日の夜に。
そうです、私が日勤から寮に帰ってきて、下着を取り出そうとしたそのときにわかった事実です。
え、寮に帰るなり、いきなり下着は変?
変じゃないですよ、シャワー浴びようと思ったんで。
そうですよ。全然変じゃないですよ。
何ですか、私にも非があるって言いたいんですか?
違う?
ただ事の経緯を説明してほしいだけ? だからしてるじゃないですか、今。
……すみません、ついカッとなって喧嘩腰になってしまって。
なにしろ私、混乱してしまって、パンツが動くなんて事件に出くわすなんて。
下着は100均で買ったプラスチックの引き出しに入れていました。
中に下着が入ってるかどうかなんて、実際にのぞいてみないとわからないと思うんですよ、私は。
だからね、今までのもそうだったんじゃないかって思ったんです。
今までもあったんです、パンツが微妙に動いていることが。
あれ? 気のせいかな? と思って、今まであなた方派遣会社の人には言わずに来ましたけど。
あ、でも、三条さんには相談しましたけどね。
三条さんですか?
相談に美人かどうかは関係ない? 確かにそうですね。
あ、はい。
下着が動いた事件の詳細ですね。
詳細と言ってもさっき言ったとおりなんですけどね。
仕事から帰ったら、下着がいつもと違う感じになっていたんです。
同室の三条さんと代々木さんは、私と班が違うからシフトも違ってて、あまりふだん顔を合わせません。
だけど私、伊名井市に知り合いもいないし、ほかに相談できる相手もいなかったものだから、なんとか時間をやりくりして、相談させてもらったんです。
三条さんとだけでもお話しできたことで、ずいぶん気が楽にはなりました。
まあ、楽になったはいいけど、実際に下着が動く事件は起きていたんですけどね。
三条さんは「気のせい」って言ってたのに。
何が言いたいかって? 何でしたっけ。
ああそうそう、だからね、今までのパンツ微妙に動いてる事件も、今回と同じ犯人だったんじゃないかって。
ずっと様子をうかがっていたわけです、そう、私の様子を……って何です?
寮のことですか?
そうですね、私は寮、ひとりではないんです。3人部屋ですね。3DKだから3人。
シフトが違うふたりが一緒に住んでるんです。
そうです、私が日勤のあいだ、彼女たちは夜勤。
彼女たちがやったんじゃないかって?
どうでしょうか、私も寮ではじめて顔を合わせた人たちですからね。
「そんなことする人たちじゃない」って言えればいいんですけど。
どういう人たちか、あまり顔を合わせないせいもあってよくわからないんですよ。
シフトが違うので。
でも、彼女たちではないですよ。
ええ、よく知りはしませんけどね。
ついでに言えば、彼女たちの彼氏でもないですよ。
ややこしいですね、彼女だの彼だの。
「同居人とその恋人たちは犯人ではない」という意味です。
まあ、そうですね。
そんなこと言い切れませんけど。
何事も100%はありませんからね。
でも、彼女たちはたぶん違いますよ。
だって私、下着がある場所を教えてますからね。
あ、これ、ややこしい話なんですけど。
下着は、最初、確かに100均の引き出しに入れてあったんです。
そのときに、下着がちょっとだけ動いたような気がする事件が起きたんです、第1の事件ですね。
全部で何回でしょうか、動いたのは。5回以上は動いていると思います。
私が気づいた範囲では、ってことですけどね。
何度めかの下着が動く事件ののちに、「これは同居人が部屋をあさっているのか?」と思ったんです。
さっきも言ったように、どういう人たちなのかよく知らないので。
だけど、まさか鍵をつけるわけにもいかないでしょう。
部屋でも引き出しでも、新たな鍵をつけるなんて大げさかなとも思いますし。だから中身を別の場所に移したんです。
別の場所というのは、具体的にはコタツの中です。
そんなとこ、わざわざのぞく人もいないと思ったもので。
だから私、コタツに入るときは正座ですよ、足で下着を蹴っ飛ばさないように。
コタツ入ってるのに座高高いですよ。
私がコタツ入ってるとこなんて誰も見てないからどうでもいいことなんですけどね。
ええ、明日からまた場所移しますけど。
他人の下着がある場所知ってるのも気持ち悪いでしょう、
え、そうでもない? それはまた……、肝の太いお人ですね。
コタツに収納場所を移して以来、下着は動かなくなりました。そのまま月日が流れました。
だから私、油断してしまったんです。
私、リビングに下着を干していたんです。
寮のリビングは家具がないでしょう、椅子もテーブルも。
だから単なる通り道なんですよね。
日当たりのいい、広い通り道。
だから私、下着だけではなくて、洗濯物全般をリビングに干していたんです。
同居人の彼女たちは部屋に干してるみたいでしたけどね。
私の部屋は日当たりがあまりよくなくて、そのまま干してるとカビが生えそうな危機感を覚えるんです。下着は日に当てませんけど、ほかの洗濯物には日光を当てたいんですよね。
シフトが違うせいで、ふだん顔を合わせない同居人の彼女たちですけれども、たまに会うこともあります。
そのときは彼女たちが仕事から帰って来たときに出くわしました。
ちょうど私が、リビングに洗濯物を干していたときのことでした。
私は油断していました。
下着をコタツに収納していることをついうっかりしゃべってしまったのです。
コタツ乾燥を駆使すれば、乾ききらなくても多少は融通が利くけれど、でもできるだけ日の光に当てたいというようなことを話してしまったのですね。洗濯物たちを、日が当たる場所に置いてやりたい、みたいなことを。
ええ、口は災いの元。ほんとにね。
だから、彼女たちではないですよ。
彼女たちは、私がコタツに下着を収納していることを彼氏にも絶対しゃべってるでしょう。
そういうものですよね。
私がその立場なら必ずしゃべり散らします。
だから彼女の彼氏でもないですよ。
ややこしいんですけど。
もし彼女や彼氏が犯人なら、引き出しではなくコタツの中をまず見たはずです。
ええ、すみません、はい。
ややこしいんです、そこが。
今回動いた下着は、コタツではなく、引き出しに入れてしまっていました。
ほかの下着は同居人に言ったとおり、コタツにしまっていたのに。
私、またしても油断してしまって。
コタツに収納し始めて、下着がピクリとも動かなくなって、油断してしまったのです。
つい、お気に入りのパンツだけでも引き出しにしまいたくなってしまって。
だから引き出しにお気に入りのパンツを収納していたんです。
特にお気に入りの数枚を。
盗まれてはいません。
動いただけです。
でも、あまりないですよね? 下着が動くことって。
下着はひとりでに動きませんよね?
はい、確実です。
そうですね、今度は写真を残しておこうと思います。
今度がないといいんですけど。
派遣会社の社員さんたち、突然寮に入ってくることがありますよね?
こないだ、私、休みの日に歯を磨いていたら、突然、社員さんが入ってきたのでかなり驚きました。男性の社員さんが制服を着て。
ええ、同居人の彼女たちが仕事している時間帯です。
呼び鈴、鳴らないんですよね。
寮だからですか? 個人の住宅ではないから? ああ、そうなんですか。
かなり驚きますよね。
その社員さんがおっしゃるには、水道の検査をしなければならないからだとか。
水道局の人も連れずに、派遣会社の社員さんがそうおっしゃってました。
名前ですか。
言っていいのでしょうか……、あ、はいそうです。
その人です。よくわかりますね。
ええ、はい。
下着が動いただけでは警察は動きませんよね。
下着は動いても警察は。
場藤さん、なんとかなりませんか。
次は私、天井裏に下着収納するつもりだったんですけど、それもどうなのかと思って。
私も下着へのアクセスが難しくなってしまうし。
天井裏を掃除しないと、せっかく洗濯したパンツがホコリまみれになってしまうし。
そういえば、アパートの天井裏って勝手に開けていいんですかね?
ええ、わかってます、場藤さんに言ってしまったし、天井裏は諦めます。
でも少し楽になりました。
誰かに相談できて。
ひとりで考えていると「いっそ私はパンツを履かないほうがいいのか」なんて馬鹿なことを考えてしまって。
はい。
あ、はい。
ええ、そうしていただけるとうれしいです。
よろしくおねがいしますね。
(おわり 009/030)
☆☆☆☆☆☆☆
1話完結してる話のつもりですが、何だかよくわからん感じですかね。
ほかにこういう話もあります。
↓パンツ事件の最後に出てきた「場藤さん」、ついでに「犯人」が出てくる話。
パンツもはや関係ないです。
↓パンツが動いた人「雨川」の同居人、「三条さん」は、実はトイレの番人なのです…という話。
何だか、シモのほうの話の人たちが固まって住んでいる気がしないでもない。
シモと言っていいのかどうかわかりませんけども…。