スイカごっこ

今のところ創作の話を少々のびのびゴロゴロと

またテレビを見ているふたり

「テレビ?」
「……を、録画したやつっす。左々倉さんも見ます? これからひとり上映会やろうと思ってるんすけど」

 

左々倉(ささくら)(えい)の寮の同居人・津井(つい)修悟(しゅうご)のそんな言葉で、急遽上映会が始まった。

 

左々倉と津井は工場で派遣社員として働いている。
ふたりが今いるのは、派遣会社が用意した寮だった。
2DKのアパートの一室を、ひとり1部屋ずつシェアしながら暮らしている。

 

左々倉と津井は、どちらもあまり「自分の領域」にこだわりがなかった。
寮に入った日に各々が寝る部屋だけは決めたが、起きているあいだはドアを開けっぱなしにしたまま、互いの部屋を行き来して過ごすことが多かった。

 

左々倉と津井は同じシフトで働いていたため、休日も重なっていた。
そのため、寮にいる時間が重なる。お互いの存在に慣れてきた最近では、貴重な休日をだらだらと寮で一緒に過ごすことも多くなってきていた。

 

同じ工場には、特に仲が悪くなくとも、寮の同室の人間とほとんど交流がないものも少なくない。
そんな中、左々倉と津井はこの寮で「自分と同じくらいズボラな人間に出会う」という滅多にない幸運に恵まれたのだった。

 

「リアルタイムで見られなかったんすよね、勤務中で」


津井はそう言いながら、ノートパソコンを抱えて、左々倉の部屋の開けっぱなしのドアから入って来た。


「パソコンで見るのか」
「そっす。寮のテレビだと録画機能ついてないんで。わざわざパソコンで録るよりハードディスクで録ったほうが楽なんすけど、まあせっかくマイパソコンでテレビ見れるんで、試しに録ってみたっす」


私物のノートパソコンの電源コードを左々倉の部屋のコンセントにつなぎながら、津井が答える。

そして電源をつないだパソコンをコタツの上にのせて画面を起こし、起動させた。
パソコンの起動を待つあいだ、布団の上にどっかりあぐらをかいていた左々倉が、津井の背後から尋ねた。

 

「うちの工場が映ってる番組って、何だそりゃ? 撮影なんてあったか?」
「第1作業フロアみたいっすよ。俺たち第3フロア勢が気づかないうちに、工場にテレビが来て帰ったそうっす。休憩室の風の噂で聞いたっす」


来たのはテレビではなく撮影隊だったであろうが、左々倉はそんなことはどうでもよかった。


「どういう番組なんだろうな……」


左々倉は、アゴをさすりながら低い声でつぶやいた。

 

「バラエティ番組で工場見学するっていう回みたいっす。うちの工場、タッドリッケ・伊名井工場だけじゃなくて、ほかのいろんな工場にも行くらしいっすよ」
「ほほぅ……」

 

意味ありげな相づちを打った左々倉の顔を見て、津井は思い出したように尋ねた。


「そういや聞くの忘れてたっすけど、普通に勤務してるっすね、左々倉さん。腰痛どうっすか? ちょっとはよくなりました?」
「治った」
「治ったってアンタ……。あんだけ大騒ぎして、まさかあのあと病院も行かずに治ったとか言うんじゃないっすよね?」
「病院は行ったよ。行ったけど、医者が理由はわかりませんって言うんだもの、俺にはどうしようもないだろ」
「まあ、そうっすね。治ったんならいいっすけど」


津井はしぶしぶ引き下がった。コタツの上のパソコンのほうに向きなおった津井に、背後から左々倉が声を掛けた。

 

「それより起動に時間かかりすぎじゃないのか。なんかそれ、すごい愛着持って20年以上使ってるパソコンとかじゃないだろうな。パソコンにあんま無理させんなよ」
「いえ、そんなに経ってないっすよ。20年前って俺いくつなんすか」
「いくつ? そういや津井って今いくつだったっけ。聞いたことあったっけ、俺?」
「あるっすよ。何度も言ってるっす。20年前は3才っすよ。左々倉さんの8つ下っす。毎回言ってるっすよ、これ」
「年って覚えられんよな。俺、自分の年がすでにわからなくなりつつある。毎回、生年月日思い出して計算してる」
「生年月日は覚えてるんっすね」
「さすがにな」
「なんでドヤ顔してんっすか。30代前半でそれは引くっす」
「引き算はまだできるという点に着目してくれ」
「はいはい」

 

津井は、あきれたように言いながら立ち上がり、部屋から出て台所に歩いて行った。


「左々倉さん、ビール飲みます?」


津井が冷蔵庫をのぞき込みながら聞いた。

 

「おう。飲む。銀色の缶なら何でもいい」
「銀色っすか。銀、銀。銀だらけっすけど。何でもいいなら……これだっ!」

 

津井は寮の冷蔵庫からよりぬきの銀色の缶を数本選び、自分の缶とともに左々倉の部屋に持ち帰った。

 

左々倉と津井はビール好きだった。
メーカーに特にこだわらない、庶民派ビール党だった。

ふたりとも、缶ビールをいつも冷蔵庫にストックしている。
ふたりともメーカーに対するこだわりがないため、そのとき安くなっていたり、店で目についたビールを適当に買い込んでくる。

 

その結果、冷蔵庫の中に大量の金や銀、たまに白地に赤だの青だの緑だのの缶が混在することになった。
色はふたりとも気にしていなかったが、どれがどちらの買った缶なのかがわからなくなった。なにしろ、どちらもメーカーに対するこだわりが特にない。

 

はじめは缶に自分の名前を油性マーカーで書いておくことも考えたが、結局はふたりでストックを共有することにした。
冷蔵庫に入っている缶はどちらが飲んでもいいことにしたのだった。

それでも特に争いは起きなかった。
どちらも同じくらいの頻度でビールを買い、飲んでいたからである。

 

左々倉は礼を言いながらビールを受け取り、プルタブを開けてゴクリと飲んだ。
津井も、コタツの上にのせたパソコンの前に座り、缶を開け、ひとくち飲んだ。
そして左々倉のほうを振り返りながら言った。

 

「わからないことってのも、けっこう怖いっすけど、俺は」
「ん?」
「腰痛っすよ。原因がわからないのも怖いって言ったんす。今度『腰痛い』って、ひとことでも言ったら検査っすよ」
「何の検査だよ」
「腰の……、なんすか、レントゲンだMRIだ、血液検査だ尿検査だ、いろいろ受けといてくださいっす」
「腰痛でか? けっこう腰、痛くなるぞ俺。この世には原因不明の腰痛が一番多いの知ってるか? 整形外科にそういう貼り紙がしてあった」
「左々倉さんのだけ原因がわかるかもしれないじゃないっすか」
「選ばれし俺?」
「っす」
「つうか、おまえは俺の彼女か……」
「彼女ではまったくないっすけど、同室の人間としては、原因不明の腰痛で死なれるのも参るっす」
「わかった、わかった。検査するよ、腰が痛くなったらな」
「よしよし。お、そんなこと言ってたらパソコンの起動終わったっす」


津井はパソコンに向き直った。

 

「どんだけ時間かかるんだよ、そのパソコン」


左々倉は津井の背中に向かってつぶやきながら、ビールをちびちび飲んだ。

左々倉の頭の中には、疑問があった。
工場が映っているテレビ番組の上映会をすると決まったときから浮かんでいた疑問だ。

 

(タッドリッケ・伊名井工場で作っている物を、テレビではどう説明するのだろう)

 

左々倉や津井が工場で作っている物は、電子機器の部品である。
そう募集要項に書いてあったから、たぶんそうなのだろう。
とにかく何らかの、機械の部品である。

 

工場勤務が始まる前に、何を作っているかの説明は受けた。はずだ。
だが、左々倉はなんと説明されたのか、思い出せなかった。
そしてその後、勤務が始まってから、工場内の誰に聞いても自分たちが何を作っているか知らない、もしくはうまく説明できなかった。

誰にでも作業できるよう、タッドリッケ・伊名井工場の作業は極限まで細分化されている。その結果、自分たちが何を作っているのか、把握している者がほとんどいないという状況が生まれていた。

 

それを、テレビはどう説明するのだろう。
あの部品、いったい何に使うんだろう。

 

「左々倉さん、画面見てるっすか? もう始まってるっすよ」


左々倉は津井に声を掛けられて我に返った。
起動にあれだけ時間がかかったのに、起動してからは意外と機敏に動く津井のパソコンに割り切れぬものを感じながら、コタツに近寄り、津井と肩を並べて画面を見つめる。

 

画面には、地元のテレビ局のバラエティ番組が映っていた。

「工場見学編」と字幕が出ている。

はじめは、同じ県内にある食品、印刷などの工場を訪れていた。

 

「あ、俺、今日ここのパン食ったっす、朝飯に」

 

津井が画面を見ながら言う。
画面では、パンが次々に製造される工程の様子が映っている。
魔法のように不思議な光景を見ているような、自分にとっては日常的な光景のような、落としどころが不明な気持ちになりながら、左々倉も画面を見守った。

 

しばらく見守っていると、バスの車内が映された。そこで出演者たちが話をしている。
ひとつの工場の見学が終わり、次の工場に向かうバスの中、ということのようだった。


「ひとつの工場の紹介時間が短いっすね」
「たくさん出てくるからかな」
「手抜きなのか何なのかよくわからんっすね」

 

画面のこちらで勝手なことを言い合っていると、画面の中に次の工場が登場した。

 

「いつ出てくるんだ? タッドリッケは」
「最後らしいっす」
「トリなのか? マジかよ……。こんな楽しげにパンができてきたり、いろんなもんができるとこ見せられてよ、これから出てくる工場、厳しくねえか? うちの工場の単なるどっかの部品がトリはないだろ……」
「単なるどっかの部品て。タッドリッケをバカにしてるんすか」
「バカにはしてねえけどよ。なんか心配になってきて、こう、親心的に」
「なんで左々倉さんが工場の親の気持ちになってんすか。工場の真の親であるタッドリッケ社のほうがでかいっすよ、左々倉さんよりも。規模も存在意義も何もかもが。それに、言っちゃ悪いけど、そこまで楽しげでもなかったすよ、ほかのとこも」
「そ、そうか」

 

話しているうちに本当に心配で胸がいっぱいになり始めていた左々倉は、落ち着かない気持ちのままビールを飲もうとした。
しかし、津井の声で邪魔された。

 

「あ、タッドリッケ!」
「ぶふぉ」


左々倉はビールを吹き出しつつ、画面を見た。

そこには、見慣れたタッドリッケ・伊名井工場の建物が映っていた。

 

「おおっ! ほんとに映った! うちの、げほっ、うちの工場だ! ごほごほっ」

 

左々倉は、咳とともに声を上げた。

 

「はしゃぎすぎっすよ、左々倉さん。アンタもう三十路なのに、なんでそんなに落ち着きないんすか」


左々倉は、ここぞとばかりに年を引き合いに出した説教で巧妙にディスってくる津井に「NO」を突きつけたかったが、それどころではなかった。
吹き出した拍子に気管に何かが入り込み、咳が止まらなくなっていた。
しかし左々倉がひとしきりゴフゴフ言っていても、津井は再生画面を止めてくれない。

 

津井は、左々倉が吹き出した拍子に辺りに飛んだビールをティッシュで拭いてはいたが、パソコンの画面はノンストップ再生のままである。
もしかしたら、録画だということを忘れているのかもしれない。
左々倉はそんな気がしつつも、何度も巻き戻して見たいわけでもなかったので、むせながら仕方なく画面に集中することにした。

 

画面の中では、タッドリッケ社の作業服を着た作業員が作業をしている。
その映像にかぶせて、どういう作業をしているかを説明するナレーションが入った。

 

「お、そうそう。作業の説明は正確だな。で、これ誰だ?」
「さあ。制服から言って、タッドリッケ社の人じゃないっすかね」


画面の人物の制服は、ふだん左々倉や津井が着ているものとは違っていた。

左々倉は、現実ではないような、しかし現実のような、不思議な感覚に襲われた。
画面に映り込んでいる風景や備品などは、いつも自分が見ているのと似たようなものなのに、中にいる人物に見覚えがない。


「ドラマ見てるみたいだな、ゴフッ」


まだ咳き込みつつ言った。


「第1フロアっすからね。ふだん第1フロアで作業してる勢は、この社員さんに見覚えあるのかもしれないっす。『誰だコイツ見たことねえ』とか思ってるの、俺たちだけなのかも」


そんなことを口々に、たまに咳を挟みながら話しているうちに、スタッフロールが流れ始めた。

 

「終わりか? ボフッ」
「っすね。……あ、まだあった」

 

終わったかのように見せかけて、画面にはクイズが表示されていた。


「『タッドリッケ・伊名井工場で作られているこの部品は、何と呼ばれているか』?」
「『答えはCMのあと』っすよ、いまだにあるんっすね、CMまたぎ。トリというよりおまけっぽい扱いっすね、タッドリッケ。で、あれ、何て言うんでしたっけ」

 

画面では画面がCMに切り替わっていた。
その間に、上映会メンバー(2名)は一応考えてみることにしたのだった。

 

「なんだっけ。CDだかCBだか、確かどっちかだよ。なんか独自の名前がついてて、俺がまったく覚えられないやつ」
「独自ったって、どっちにしろアルファベット2文字じゃないっすか。そこまで難しくないっすよ」
「ええーと、じゃあCB!」
「おおっ。じゃあ俺もCB!」


本人たちにも理由がわからぬ謎の勢いで答えを確定し、その後、津井が録画だったことにようやく気づいて早送りをした。


「長いっすね。CM、なが」
「あ、やっぱりCBだ。合ってた」


送りすぎた画面では、大きな文字で、すでに答えが表示されていた。


「あ~。当たったっすね」


そこで津井が再生を止めた。

 

「はあ~。なんか左々倉さんの大はしゃぎしか覚えてないっす」
「おまえだって大はしゃぎだったじゃねえか。つうか……」
「つうか?」
「CBって何?」
「あ、それ言っちゃダメなやつっすよ」
「ダメなの? 何かの略? なんでうちの工場の奴ら、誰も知らないの?」
「まあ、働いてる人間の入れ替わりが激しいっすからね」
「そうか……」

 

津井はノートパソコンをシャットダウンし、電源を抜いたあと、自室に置きに戻った。

左々倉は自室にひとり取り残され、コタツの上にこれまた取り残された、ふたり分のビールの缶をぼんやり眺めた。

 

「名前はいいんだけどよ……」


酔いのせいなのか、ひとりごとが口からこぼれ落ちた。

咳はいつの間にか治まっていた。

 

「あれ、何に使う部品なんだ……?」


上映会の最初に感じていた疑問はそのままである。
もしかしたら長いあいだ感じていた疑問が氷解するかもしれない、という期待とともに置き去りのままである。

 

ビールを取りに来たのか、これからさらにだらだらとしゃべる気なのか、津井が左々倉の部屋に戻ってきた。
左々倉は津井に向かって尋ねた。


「あれは何なんだ?」


いきなりそんな質問をぶつけられた津井は、困惑しつつも断言した。

 

「世の中には知らないほうがいいこともあるっす」

 

適当にごまかそうと言う気持ちがはっきりと表れた断言っぷりであった。

 

(さっき、「わからないことが怖い」とか何とか言ってたじゃねえか)

 

ツッコんでも仕方がない。それはわかっていた。

左々倉は黙ったままビールをグイッとあおり、そして苦い味を飲み下した。

 

(おわり 023/030)

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

↓テレビ視聴メンと同じく、「アレの名前は何?」「CBってどういう意味?」という名前の迷宮に迷い込む人の話。

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↓「名前の迷宮」に引き続き、やっぱり「CB」という名前の意味がわからないまま、浮かぬ顔をしている吉島さんが出てくる話。

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↓ようやく「CB」という名前の意味がわかる話。

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