スイカごっこ

今のところ創作の話を少々のびのびゴロゴロと

ハイド&シーク

「あ、剥がれてる」
「あ、ほんとだ。剥がれてる」

 

ジャージのふたりは、靴下を脱いで、お互いの足の爪(につけた塗料)についての感想を述べ合った。

 

植矢高校の「オリエンテーション合宿」(4泊5日)2日目の夜だった。
宿泊施設「ログキャビン・イルズク」第2棟の一室である。


イルズク第3棟には3人部屋と4人部屋があったが、第2棟にはふたり部屋しかない。
この部屋にいるのは、佐凪(さなぎ) 花穂と水希乃絵のふたりだけだった。

 

「せっかくうまく塗れたのに……」

 

佐凪は落胆した。

おそらく昼間の山歩きの際にであろう、ペディキュアの一部が剥がれてしまったのだ。
ジェルネイルやネイルアートなどを施さない、手軽に塗れて気軽に落とせる素朴なペディキュアだったが、ふたりにとっては冒険だった。
手でも足でも、爪に色を塗ることは、校則で禁じられているからである。

 

足ならば誰もチェックしないだろう、バレないだろう、との思いから、佐凪は足の爪にネイルカラーを塗ってきた。
色は違えど、同室の水希の足の爪にも色が塗られているのを発見したときに、ふたりのあいだに絆が生まれた。
ペディキュア同盟である。

 

校則で爪に色を塗ることは禁じられていたが、スマホは禁じられていない。写真が撮れなくなるからである。
いまどき、合宿で写真を撮ることを禁じるのは、人権的な問題があるのではないか。
そんなことを学校側が思っているのかどうか生徒側には不明だったが、とにかく合宿では、スマホだけは自由に使えた。

 

「でもインスタとかに上げたらダメだよね~」

 

佐凪が携帯を片手に、水希に向かって問う。

 

「ダメだろうねぇ。全世界に校則破りを公開してたら、絶対誰かに見つかるし。見つかってチクられるよね~」
「だよね~。そういうエンタメだよね~。調子に乗った校則破り犯をボコボコにするっていう」
「社会的にボコボコにね」
「そうそう」

 

山歩きで疲労していたため、ふたりともぼんやりしていた。
ノックの音が響く。

 

「……」

 

ぼんやりしながら会話していたため、ノックの意味を理解するのに時間がかかった。

 

「点呼です。ドアを開けて」

 

ドアの向こうから声が聞こえる。
ふたりは顔を見合わせた。
靴下を履いている時間はあるだろうか。

 

「佐凪さん、水希さん。ドアを開けて」

 

時間はない。
そう判断した佐凪と水希は、手に携帯を持ったまま、素早く動いた。
隠れたのである。

 

水希「隠れなくてもよくね?」

 

隠れた場所から、交換したばかりのLINEでトークする。

 

佐凪「ほんとだな! てか、これじゃ先生部屋に入れなくね?」
水希「まさかドアこじ開けたり」
佐凪「えぇ……」

 

LINEで、お互いがどこに隠れたのかもわからぬまま会話していると、部屋の鍵を開ける音がした。

 

水希「マスター!」
佐凪「キー!!」

 

佐凪と水希は、LINEで悲鳴を上げた。

 

水希「マスターキーで入って来ちゃったっぽいんだけど」
佐凪「あー怒られる。怒られるやつだこれ。めっちゃ怒られるやつ」
水希「えっちょっと、マジこわ、今、目の前通った」
佐凪「私のとこは大丈夫……」
水希「え? てか佐凪、どこ隠れてんの? 教師、部屋中探してるけど」
佐凪「ふっふっふ……、さあどこでしょう!!」

 

「……」

 

水希は携帯の画面を見つめた。
しばし考えたが、イラッとした気持ちは変わらなかったので、アプリを終了させた。
どうせ佐凪はすぐに見つかるだろう。
そう思ったのである。

 

結果から言うと、すぐに見つかったのは水希だけだった。
部屋の入り口にあるクローゼットに隠れていたのである。
水希はその後、ひとしきり教師から小言を食らった。
そのあと、教師に、佐凪の居場所を問いただされた。

 

「さあ。わかりません」

 

知らなくてよかった。
知っていても隠しただろうが、知らなければチクりようがない。
水希は内心ほっとしながら、その後も、佐凪の居場所は知らぬ存ぜぬと、本当のことを言い続けた。

 

その場には、点呼に回っている教師ふたりとは別に、もうひとり人間がいた。
その人間は、教師が部屋の中を捜し回り、その後、水希に詰めよっているあいだ、部屋のドアの外に所在なさげに立っていた。
マスターキーを使う関係上、ここに立ち会った宿泊施設のスタッフだろうか。

 

(グッドルッキングあんちゃんだな)

 

水希が密かにそう思っていると、そのグッドルッキングあんちゃんが口を開いた。

 

「えっと、これだけ探してもいないってことは、外ですかね。俺、外見てきます」

 

そう言うと、その場から立ち去った。
その言葉を聞き、教師が部屋の窓を開け、窓の外をチェックしたが、やはり佐凪は見つからない。

 

(どこ行ったんだ、佐凪)

 

水希はにわかに不安になり、携帯で連絡を取ろうと思ったが、教師の目が気になった。
なかなか佐凪と連絡が取れない。

 

「水希さん、ほんとに佐凪さんの居場所、知らないの?」

 

ふたりの教師のうちのひとり、音田教諭が水希に向かって尋ねた。
水希は、今夜何度目かわからない言葉をまた繰り返した。

 

「わからない」
「LINEは?」
「知らない」

 

そこだけ嘘をついた。
まずい。
嘘をつくと、だいたいバレる。
時間が経てば経つほど、しゃべればしゃべるほど、バレる確率は上がる。

 

(もう、このあとの予定は風呂入って寝るだけだし、早く出てきてくれねえかな佐凪)

 

水希はこの場の緊張感が面倒くさくなり、そんなことを思い始めていた。

その後も佐凪捜索は続いたが、部屋の中にも、部屋の周囲にも佐凪はいなかった。

 

「まさかとは思いますが、何か犯罪に巻き込まれたとか……」
「まさか」
「いえ、まさかとは思いますが」

 

不穏な空気が部屋に流れ始めた。
水希は不思議な気持ちになった。
ペディキュアを隠すつもりで、思い思いの場所に隠れたはずだった。
その佐凪が、なぜ犯罪に巻き込まれるのだろう。
どこからやってきた犯罪なのだろう。

 

教師たちは、いったん廊下に出てひそひそと相談し始めた。部屋の中に取り残された水希は、こっそり携帯をチェックしたが、佐凪からの連絡はない。
水希はLINEを送った。

 

水希「佐凪、今どこ? 教師、すんごい探してる」

 

返事はないだろう……と、水希は予想していたが、予想に反してすぐに返事が来た。

 

佐凪「見つかった。今戻ってるとこ。足が超寒い」

 

見つかった。
水希は、自分で思っていたよりも安堵した。
隠れている佐凪のために、「見つからなければいい」という願望も心のどこかにはあったが、それよりも佐凪が無事に戻って来れるほうに安心したのである。

 

だが、このことを教師に知らせてしまうと、「LINEを交換していない」という、水希のささやかな嘘がバレる。佐凪が見つかったことは言えない。
しかし、佐凪が戻ってくるまで、事態が大事にならないように教師たちを引き留めたほうがいいのだろうか。
水希は、廊下で話し込んでいる教師ふたりに近寄った。

 

「警察に知らせるべきでしょうか」
「時間が遅いですが。その前にほかの先生たちにご意見伺ったほうが。でも急いだほうがいいですよね」

 

「警察」という単語に驚き、水希は口を挟んだ。

 

「ちょっ、先生」
「なに。水希さんは部屋に戻って」
「いや、ちょ、警察はちょっと」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう。いいから部屋に戻って」
「えー、あーの、音田せんせー!」
「何ですか」

 

点呼に回っていたふたりのうち、名指しされたほうの教師・音田が、深刻な顔のまま水希のほうを向いた。

 

「そのメガネ、かわいい。昼間メガネじゃなかったのに、なんでメガネ? 目の調子悪いとか? 温泉入ったら?」

 

水希が口から出任せを言うと、音田は顔をしかめて言った。

 

「温泉じゃないのよ、この旅館の風呂。大浴場はあるけど温泉じゃないのよね。いや、そういうことじゃなく」
「わかってるよ。たぶん大丈夫だよ、佐凪は」
「そうだといいよね、いいからもう部屋に戻って」
「でも音田先生、メガネかわいいのはほんと」
「ありがとう。コンタクトなくしただけなんだけど」
「え。あら」
「ワンデーだから特に困ってもいないけどね。ビックリするくらい吹き飛んだ、コンタクトが。実は昨日も飛ばしちゃったのよね。たぶん私、最初に目に入れるほうのレンズを裏返しのまま入れしまうクセがあるんじゃないかと……。ってそれはどうでもいいんだけど」
「どこでなくしたの?」
「それ今関係あるの……、洗濯室で。さあもう、あなたは部屋に入ってて」
「え、ずるーい。先生だけ洗濯してたの? うちら、ずっと同じジャージ着てるのに」
「だから合宿のあいだだけ、中の体操着はTシャツでもいいことになってるでしょう」
「そうだけど……。あ、佐凪」
「え」

 

廊下を、こちらに向かって歩いてくる佐凪が見えた。
その後ろから、先ほどの宿泊所のスタッフらしき男、グッドルッキングあんちゃんが付き添っていた。


あの人に見つかったのか。
ということは、佐凪は外にいたのか。
水希は、口には出さず、そんな感想を抱いた。

 

「佐凪さん! どこに行っていたんですか!」
「まあまあ、音田先生。見つかってよかった」
「……」

 

佐凪は、震えていた。
歯の根が合わずにガチガチと音を立てる。

 

「ざ、ざぶい……」

 

ガチガチいう歯の隙間から、それだけをポツリと言った。

 

「……」

 

謎に凍える佐凪を見て言葉を失ったあと、教師ふたりは佐凪の後ろにいる宿泊施設のスタッフを見た。

 

「コートも着ずにジャージだけで、しかも裸足で外にいたので、まあ凍えますよね……。まだ外、雪が残ってるとこもあるし」

 

彼はそう言った。

確かにそうかもしれない。その場が、納得したような空気になった。

そのあと教師ふたりは、合宿に引率として参加している養護教諭の元へ、佐凪を連れて行くことになった。

 

水希は、宿泊所のスタッフが言った「裸足」と言う言葉に反応して、佐凪の足を見た。
素足に、どこで借りたのか、スリッパを履いている。
今は爪が隠れているが、いずれ養護教諭にはペディキュアが見つかってしまうだろう。

 

(こりゃ、お説教は確実だね)

 

校則を破っている時点で説教は最初から確実だったが、さらに隠れた分、さらに外に出て行方知れずになっていた分、さらにその行動で凍えた分、いろいろなものが上乗せされた説教を食らうだろう。
水希は天井を仰いだ。

 

水希は、佐凪が本気でかくれんぼをやっていたことを理解していた。
かくれんぼは、本気で隠れるものじゃない。
水希はそう思っていたが、本気で隠れる佐凪のことを嫌いだとも思えない。

 

生徒の立場で、教師相手に本気のかくれんぼをしても、怒られるだけだ。
本気でかくれんぼをするなら、大人になってからのほうがよさそうだ。
いつか。
いつか誰にも怒られない大人になったら。
大人なのに、佐凪が本気でかくれんぼをしたがるときがやってきたら。

 

(付き合ってやってもいいかな)

 

佐凪はブルブル目に見えて震えながら、教師ふたりに付き添われて階段を下りて行く。

 

(ま、いい年こいて、本気でかくれんぼなんてしたくなるわけ、ないけど)

 

階段から見えなくなる佐凪の後ろ姿を見送りながら、水希は少しだけ笑みを浮かべた。

 

(おわり 17/30)