スイカごっこ

今のところ創作の話を少々のびのびゴロゴロと

まだ遠い、あの灯りを目指して

足が沈む。
雪に沈む。
それほど積もっているわけでもない雪に体が沈んでいく感覚があった。

 

雪が降っている。
寒い。
体が重い。
なぜ。
なぜ俺は今こんなことに。

 

叶太(かなた)は、弟を背負いながら、一歩、また一歩、歩みを進めた。

進んでいるつもりなのだが、さきほどからまったく進んでいない気がしていた。
どこから間違えたのだろう。

 

研修の、あと片付けをしに耳木兎(ミミズク)山に入ったところだろうか。
いや、それは仕事なので、間違えていたとしてもほかの行動をとることはできなかった。

 

弟・杯治(ハイジ)に「話がある」と言われ、その研修の片付けに同行してもらったところだろうか。
そうかもしれない。
そこら辺から間違えていたのかもしれない。

 

だいたい今日は、間違えてばかりだ。

 

何が間違いで何が正しいのか、本来ならどちらとも言い切れぬものだろう。
叶太にもそれはわかっていた。わかっていたはずだったが、今日は間違っているとしか言いようのない選択肢を選び続けている気がした。

 

弟・杯治は高校の「オリエンテーション合宿」のため、兄・叶太は会社の新人研修のために宿泊施設「ログキャビン・イルズク」に滞在していた。
家族旅行ではない。はずだ。
そのはずだったが、イルズクに、現在、行方不明になっている3兄弟の真ん中、渡瀬がいるとの情報が入った。
渡瀬がスタッフとしてイルズクに勤めているというのだ。
彼を探すという極秘任務が発生した。

 

極秘任務を言い渡したのは兄弟の叔母である。
繰り返すが、家族旅行ではない。親族旅行でもない。
叔母は叔母で、地域のサークルの慰安旅行でイルズクに宿泊していた。

 

家族(親族)旅行でもないのになぜか親族がそろってしまう、そんな謎の現象自体も間違っている。
何もかも間違っている。


だからといって、正解が何なのかもわからないが、叶太は「とにかく間違っている」と口の中でつぶやくことで気力を保った。

 

叶太が山に入ったのは、仕事のためだった。
具体的にはポールの回収のためだ。午前中の研修の企画で使った数本のポールを回収しなくてはならなかった。

 

出かけるときに、雪は降っていなかった。
宿泊施設から出て空を見上げると、灰色の雲が垂れ込めていた。
携帯で見た天気予報は、「曇り、ところにより雪」。
降らないように祈るしかなかった。

 

耳木兎山は、山といってもそこまでの急斜面と高さを備えているわけではない。
本格的な登山装備がなくとも気軽に登れる、登れるというか歩ける山、というのが耳木兎山の売りだった。

宿の前に掲げられた看板によると、イルズクと山のあいだの距離は、約1200メートル。

歩けない距離ではない。叶太は徒歩で山まで行くつもりだった。

 

「叶太(にい)、話があるんだけど」

 

叶太が宿泊施設のロビーを正面入口に向かって歩いていると、土産物屋の付近で、弟・杯治に声をかけられた。
杯治は連日の山歩きで筋肉痛らしく、声だけは朗々と辺りに響き渡ったが、いかんせん足がプルプルよろよろして本体が追いついていなかった。

 

牛歩よりも遅い杯治の歩みを待ち、事情を聞くと、今は自由時間だと言う。
杯治は4人部屋に泊まっていた。
同じ部屋のメンバーは、雪が降りそうな外の寒さと、学校側がなぜかかたくなにジャージ着用を義務づけていることと、連日の山歩きで筋肉痛である……などの理由から、部屋で芋虫のようにうねうね寝転んでいることを選んだらしい。

 

杯治は確かにジャージを着ていた。
ジャージのみである。コートは着ていない。

 

「なんでおまえんとこの学校、コートは着ちゃダメなの?」

「コート禁止はジャージのときだけね。理由はわからない。体を動かして汚れるからかもしれないし、寒さなんか感じないほど常に動けってことなのかも、ジャージ着てるからには」

 

叶太は、なだらかとは言え、山に登るということで、モコモコ着込んでいたコートを杯治に手渡しながら言った。

 

「これ着とけ。校則違反かもしらんが、今自由時間らしいし、ここは学校じゃないし、着てもいいだろ、もう」
「叶太兄が寒いでしょ、スーツだし。そのスーツが、どんな気象条件も相殺できる機能スーツだとかいうなら話は別だけど」
「そんなスーツねえだろ。そんなんじゃないけど、俺はポール片付けるだけだし、そんなに時間かからんだろ。いいから着とけ」

 

1着のコートを互いに押し付け合いながら、そんな会話をした。
今日の昼過ぎのことだ。まだそれほど時間が経っているわけではないはずだが、もう遙か昔の出来事のように叶太には思えた。

コートを杯治に渡したことが間違いだったとしても、ほかにどうしようもなかった。
考えても仕方がない。

 

雪が降り続いている。吹雪とはいえぬ、ちらほらした降り方で、道を見失ったり、歩きにくくなるとまでは言えなかったが、寒い。

 

イルズクから1200メートルの道のりを歩き、耳木兎山に到着した。
耳木兎山のふもとには駐車場があった。

 

「ここもイルズクの駐車場らしい。で、駐車場の管理事務所には『カトウ』って名字のスタッフがいるという情報をゲットした。……から、ちょっと仕事の前にここで話を聞いていこうかと思って。いいか?」
「いいけど、ここに? 渡瀬兄が?」
「いる、のかもしれない」

 

結果から言うと、いなかった。
駐車場の管理事務所にいる人間は、叶太や杯治、そして目的の渡瀬と同じ「カトウ」という姓ではあったが、「歌藤」と表記するカトウさんだった。
渡瀬ではなかった。

 

「カトウという名字は多いからね、なぜかイルズクは」

 

通称「ウタさん」であるらしい、駐車場の歌藤さんにそう言われながら、ふたりは建物から離れた。

 

「いなかったね。『カトウ』が多いって何なんだろう。まるで僕たちを狙っているかのようなこの謎トラップ」
「別にトラップじゃねえだろ……」

 

そこで叶太は思い出した。

 

「おまえ、なんか話があるって言ってなかった?」
「ああ、うん……、今じゃなくてもいいんだけど。帰ってからでも」
「いや、気になるから今聞きたい。帰ってからだと、住んでるとこ別々だから余計に話しにくいだろ。もちろん、今おまえのほうの時間が大丈夫なら、だけど」
「僕も、しばらく自由時間になっててヒマだったから今でも別にいいんだけど。なぜかうちの担任の先生が寛大で、多少出歩いてもいいって言われてるし。商店街とかでお土産買ったり」
「じゃあ、おまえも山に一緒に来てくれ、すぐ終わるだろうから」

 

この決断も間違っていたのだろうか。
ここで宿に戻ればよかったのか。
それもそうだ。杯治は学校の行事でここにいるのだ。
勝手に連れ出すべきではなかった。
自分は仕事で山に行く用があったが、せめて杯治だけは帰せばよかった。

叶太は、考えても仕方がないことを考え続けた。

 

ふたりが耳木兎山を歩くうちに、空がどんどん暗くなってきた。
杯治は筋肉痛を抱えていたため、あまり積極的に歩こうとしなかった。
のろのろとあとからついてくる杯治に、叶太は「もうちょっと速く歩けないか」と何度か言おうとして、こらえた。
筋肉痛の人間にキビキビ歩けというのも酷な話だと思い直したのだ。

 

山を歩き回り、ポールを2本回収したところで、暗くなった空から雪が降り始めた。
ひらり、はらり。
雪が舞う中、左脇にポールを2本抱えながら歩いていた叶太は、空を仰ぎ見た。

 

「降ってきた……」

 

息を白く吐き出しながら立ち止まり、杯治のほうを見た。杯治も白い息を吐きながら言った。

 

「早くポールを集めよう。あと何本?」
「あと2本」
「全部で4本あるのね、わかった」

 

ポール自体は全部で11本使ったが、3人で片付け作業を分担しているため、ひとりだいたい4本である。どのポールを回収するかの割り当てはすでに決まっている。

叶太はポケットから地図を取り出して見た。
研修で使った、カードに描かれた大雑把な地図である。ポールの場所が記されている。
地図で次のポールの位置を確認してから、ポケットに地図をしまい、また歩き始める。

 

「で、話したいことって何だ、杯治」
「ああ、うん」

 

じゃり、じゃり。
杯治がなかなか話し始めないため、ふたりが歩く音がやけに耳についた。
雪は音も立てずに降り続いている。

 

「渡瀬兄のことなんだけど」

 

杯治はそう言ったきり、また黙った。
叶太が先を促そうと言葉をかけようとしたところで、ようやく杯治が話し始めた。
先ほどの一言が、あとの言葉の栓をしていたかのように、次の言葉の群れはよどみなく流れた。

 

「渡瀬兄を見つけたってこと、叔母さんは『まだ親に知らせるな』って言うけどさ。あ、『親』って僕たちの親ね、父さんとか母さんとかに。ほんとに内緒にしてていいのかな? いちおう親なんだから、知らせといたほうがいいんじゃないのかな?」
「ああー……、というか、渡瀬を、まだ見つけられてないけど」
「でも叔母さんは見つけたって言ってた」
「言ってたけど、どうなんだろう……。こんなこと言ったらいけないのかもしれんけど、叔母さんの頭の中にしか存在しない渡瀬という可能性がある」

 

杯治は、叶太の言葉の意味を考えるように、一瞬、間を置いてからうなずいた。

 

「あるかもね。そうか、僕らが見つけるまではやっぱり黙ってたほうがいいのかな」
「うーん。俺らは一度家に戻るよう渡瀬を説得するつもりなんだから、説得が成功してからでもいいような気はする」
「ああ、説得が失敗して、渡瀬兄が『戻りたくない』って言った場合か……。確かにそれは、『見つけた』って教えてしまうと言い出しにくいよね……。渡瀬兄の選択の自由のためにも叔母さんの指示通りにやったほうがいいってことか」

 

納得したのか、杯治はそう言ってうなずいた。
3本目のポールにはまだたどり着いていない。
叶太は、「もっと速く歩いてくれ」と催促しようとしてこらえる、という何度めかの内なる戦いを経て、杯治に対する提案を思いついた。

 

「よし、おんぶしてやる。来い」
「え。嫌だけど」
「だったらもうちょっと速く歩いてくれ」

 

ついに叶太は言ってしまった。今までこらえていた言葉を。
それは叶太の心からの言葉だったが、杯治は特に心を動かされた様子もなく、さらりと言った。

 

「僕がおんぶしてもらう必要はないんだけど、そういえば叶太兄、寒いよね? 僕がコート取っちゃったから」
「いや、取ったわけじゃないだろ」
「叶太兄のコートを着た僕を背中に背負ってれば、叶太兄もあったかいかもね。ポールも僕が持ってさ」

 

一度は断ったわりに、杯治は意外と乗り気だった。
自分が提案した手前、今さら後に引けなくなった叶太は、杯治をおぶった。

 

3本目のポールにはすぐにたどり着いた。
早く宿に戻りたい一心の叶太が、杯治を背負いつつ速く歩いたからである。

 

間違っていた。
あんな提案するなんて、どうかしていた。
叶太は重い足を動かして4本目のポールに向かう途中で考えていた。

 

確かに暖かい。
しかし、それ以上に重い。
何メートルも積もるほど激しく雪が降っているわけでもないのに、地面に足が沈み込むような錯覚を起こすほど重い。
あんなに小さかった弟がこんなに大きくなっていたのか、という親父っぽい感慨を抱けるほど叶太は大人ではなく、ただひたすら重みに耐えるのみの道のりだった。

 

4本目のポールを目指す途中で、杯治が叶太の背中からポツリと言葉を発した。

 

「うちの親、渡瀬兄の失踪届を、ほんとに出すと思う?」

 

回収した3本のポールを叶太の背中に載せ、その上に覆いかぶさるように叶太に背負われながら、である。

 

「出さんだろ」

 

叶太は簡潔に答えた。呼吸が苦しかったために、長く答えることができなかった。

 

「そうだよねぇ……。行方不明者届けを出して7年経つと、裁判したり、なんやかやすれば失踪届を出すことができて、失踪届を出すと死亡者扱いになるって言ってもさぁ。さすがに7年経ったからって、すぐに『ハイ死亡』とはやらないよね、うちの親も」
「……」

 

叶太は答える気力がなかった。
早く、早く、4本目のポールにたどり着かねば。
足が持たない。

 

やがて、4本目のポールにたどり着いた。

 

「杯治、いったん下りてくれ」

 

叶太は、ポールの場所にたどり着くなりそう言った。
杯治がポールを抱えて背中から下りると、叶太はスーツが汚れるのにもかまわず、その場にしゃがみ込んだ。
雪が降り続いている。
叶太の頭の上には雪が少し積もっていた。


一方、叶太のコートのフードをかぶっていた杯治は、手に持った3本のポールをその場に置くと、ジャージのポケットから携帯を取り出した。

 

「帰れなかったときのためにLINE送っといたほうがいいのかな。Twitterのほうがいいのかな」

 

ブツブツとそんなことを言う。

 

「いや帰れるよ」

 

しゃがみ込んだまま、うつろな目で休憩を取っていた叶太が即座に断言した。
杯治はその叶太の言葉には答えず、携帯を操作しながら淡々と言う。

 

「渡瀬兄のことだけど。さっき叶太兄が言ったことを考えるとさ、渡瀬兄が行方不明になってから7年経っていても別に急ぐこともない気がしてくるけど。別に今のままでもいいような」
「……今はいいけど、家族に何かあったときが問題だろ。いろいろ」
「あ、そうか。あと、僕らが出くわすのって、ここだけなのかもしれないものね」
「……」
「今を逃したらもうずっと会えないのかもしれないよね」
「まあ、な」

 

そろそろ立ち上がって帰らなくてはならない。が、叶太はそのときを引き延ばすかのように言った。

 

「おまえは渡瀬に戻ってきてほしくないのか?」
「僕は……、渡瀬兄が家を出たとき10歳とかだったから、あまり記憶自体がない」
「いや、あるだろ、10歳だったら」
「うーん。突然家を出たいほど何かを思っていたってことにも気づかなかった。ああいう人だと思ってた。あのまま、あんまりしゃべらない、よくわからない人として年を取って人生を終える人だと」
「……」
「でも、そうではなかったのかな、とも今思ってる。別に帰ってきたからといって、今までの印象が変わるほどの何かが起きるとも思ってないけど」
「そうだな」
「それでも、渡瀬兄が特に嫌じゃなければ、一度くらいは戻ってきてもいいんじゃないのかなあ、主に親のために。とは思う」
「うん……」

 

確かにそうだ。
これ以上のことは言えない。
これ以上の思い入れを持ってくれる家族だったら、きっと渡瀬は家を飛び出しはしなかったのではないか。

叶太はそんなことを思い、これ以上ここで考え込んでいても仕方がないと首を振ると、立ち上がろうとした。

 

そのとき、シャッター音がした。
杯治だった。

 

「あ、ゴメンいきなり撮って。てかこれ、叶太兄スクワットしてるみたいに見える」

 

叶太が杯治の携帯の画面をのぞき込むと、確かにそこには、なぜか頭に雪が積もったままスクワットをする自分がいた。

 

「ふざけてる場合か。帰るぞ」
「うん。あ、わかった。コートをふたりで着ればいいんじゃないかな。相合コート」
「アイアイ」

 

叶太が口の中で、その奇妙な響きの言葉を繰り返していると、杯治は自分が着ていたコートを脱ぎ、自分と、隣に立った叶太の上にふわりと広げて載せた。

 

「最初からそうしてくれ……」

 

疲労のため、うつろな目をしながら叶太がブツブツ言っているうちに、杯治は周辺に置いていたポールを拾って叶太に差し出した。
叶太がポールを受け取り、ふたりで歩き始めた。

 

「もっと速く歩いてほしいんだけど」

 

今度は杯治がそう言った。
杯治が文句を言うほど、往路に比べ、明らかに叶太の歩みは遅くなっていた。

叶太は何かを言い返す気力もなく、ただ歩き続けた。のろのろと。

 

遠くに駐車場の管理事務所の灯りが見えた。
まだ日没までは時間があったが、空が暗いため、灯りのついた建物が浮かび上がって見える。
あそこにたどり着ければいい。
黙ったまま、ふたりはそこを目指して歩いた。

 

「なかなかたどり着かないね……」

 

もはや言葉を交わす元気もなく、何かを言っても会話にならない。
ただぽつり、ぽつりと言葉が空気に放たれては消えていく。

 

どれほど歩いただろうか。
自分たちの歩みが異常に遅いことと、空が暗いこともあり、時間の感覚がなくなり始めていた。
そんなとき、杯治が声を上げた。

 

「あ、LINE。叔母さんだ。さっきの見てくれたんだ」
「……」

 

そうか。
というかおまえ、よく携帯チェックする余裕があるな。

 

それくらいしか言うことがなく、今のテンションで思ったことをそのまま言ってしまうと、とんでもなく陰気な、なおかつ不満を表明しているような言い方になってしまいそうで、叶太は言葉を発することなく気持ちの上だけで相づちを打った。

 

「……? 叔母さん、じゃないのかな?」

 

杯治が不思議そうな声を上げる。叶太が杯治の方を向くと、杯治が説明をした。

 

「いきなり謎のLINEが飛んできた。叔母さんなのかなこれ、名前は叔母さんなんだけど『叫太、サケタ』『間違えた、キョウタ』『今どこにいる?』って。兄貴の名前って『キョウタ』じゃなくて『かなた』だよね? 字も『叫ぶ』って字になってる。これ叔母さん? 乗っ取り? 何だろこれ」

 

その言葉を聞いた瞬間、何かを思うよりも早く、言葉が叶太の口をついて出た。

 

「渡瀬だ」

 

自分でも驚くほど、とっさにそう言葉を発していた。

 

「え、これ? 渡瀬兄? 今、叔母さんと一緒にいるってこと?」

 

杯治が戸惑ったように叶太に尋ねる。叶太は黙ってうなずいた。
経緯はよくわからないが、このLINEは渡瀬が送ったものだ。

 

今日は間違ってばかりいたが、これだけは合っている。
これだけは間違っていない。
これだけは正しい。
根拠はないが、そんな確信が叶太にはあった。

 

「昔、あいつ、俺の名前を間違ったんだよ。学校の何かで家族の名前を書くことがあって、それでなぜか『叫ぶ』のほうのキョウタって書いてて。『なんだよサケタって』と思ったけどさ、あんまり漢字書けないことを責めても仕方ないのかと思って我慢したことがある」
「ああ、それで微妙な関係になったんだね……」
「いや、別にそこまでは」
「言いたいこと我慢されたら微妙な感じになるでしょ、普通」

 

杯治の言葉に、叶太は反論できなかった。
そんな叶太には構わず、杯治は携帯を再び見てから言った。

 

「そうかー……。じゃあ、こっちも状況の説明しておこう。えーと……、……、……よし。で、最後に叶太兄の写真置いておこう」
「なんでだよ」
「『僕らはスクワットできるくらい元気ですよ」って意味を込めて」
「おまえ映ってないだろ……」

 

そんなことを言っていると、駐車場の灯りがやや近くに見えてきた。
もう少し。
もう少し歩けば、たどり着く。日没までにはたどり着けるはずだ。
道さえ間違えなければ。

 

間違ってばかりの今日、ひとつだけ正しいものが見えた、その残りの今日。
あとはまた間違ってばかりの時間が待っているのかもしれない。

 

この道で合っているはずだ。
やや近づいた駐車場の光を目指して進む。
そこに道を間違える余地はないような気がしたが、今日の間違えっぷりを考えるとわからない。
まだ俺は間違うのか。
また俺は。

 

間違いを恐れて立ち止まっている時間はない。
ただ進むしかない。

 

叶太はゆっくりとまばたきをした。
白っぽい景色が続いて、目が疲れていた。
鼻から白い息が漏れる。

 

休もうとしても、今となっては叶太よりも速く歩いている隣の杯治にコートが引っ張られ、叶太も足を動かすほかはない。
叶太はだるくなった足をまた一歩進めた。

 

(おわり 23/30)