スイカごっこ

今のところ創作の話を少々のびのびゴロゴロと

コンタクト、コンタクト

コンタクトなんか捜していない。
だってコンタクトなんか合宿に持ってきていない。
私は生粋のメガネっ娘。
いえ、メガネをかけて生まれてきたわけではないけれど。

 

それでも、コンタクトを捜すふりをしている。

 

オリエンテーション合宿は、山歩きばかり。
初日から、耳木兎(ミミズク)山をひたすら歩いた。
みんな筋肉痛。
私もそう。
ハイジくんもそう。
動きが超スローモーション。
それってかえって筋肉に負担かかってるんじゃないの? なんて言いたくなるくらい。

 

「どうしました?」

 

スローモーションで捜し物をしていたら、話しかけられた。
誰?
男の人ふたり組。この宿の人っぽい。

 

「何か捜し物でしょうか」

 

長身のほうの人が尋ねてきた。

 

「落とし物?」

 

親しみやすい雰囲気のほうの人が聞いてきた。
この人、顔がかっこいい。
ハイジくんとは違う方向性のイケメン発見。

 

「えっと、はい。コンタクトを」

 

そう言ってみる。
私、メガネかけてるけど。
コンタクト、この合宿に持ってきてないけど。
というか、コンタクト持ってないけど。生粋のメガネっ娘だから。

 

「ここで?」

 

したイケしみやすいイケメン)の人がさらに聞いてきた。
洗濯室でコンタクトを捜してるのは、変だと言いたいのね。
ここは大きな窓があるから、ここで捜してるふりをしているの。
でもそんなこと言えない。

 

「はい、ここで」

 

特に説得力がありそうな言い訳を思いつかない。
アドリブ弱し。

 

「具合が悪いわけではないんですね?」

 

背の高い人が問いかけてきた。
この人、顔が超☆非対称。
傾いたような、不思議な魅力がある顔ね。

 

「ええ。超☆健康体です」

 

ちょっと筋肉痛で動きが鈍いことを除けば、超☆健康。

だから。
だから、私にかまわず行ってくださると、うれしい。

 

「加藤さん、これ持って行ってください。俺は捜すの手伝います」

 

手に持っていた箱を長身の人に渡して、「したイケ」の人が言った。
やだ、この人、何?
超☆優しい。
私のこと好きなの?

 

「ストッキングを掃除機にかぶせると、落としたコンタクトを見つけやすいそうですが」

 

さっき、「したイケ」に「加藤さん」と呼ばれていた、長身の人が言う。

 

 

「肝心のストッキングをどこで調達するのか問題がありますね」

 

加藤さんは、自分でそう言って肩を落とした。

 

「加藤」と言えば、ハイジくんの名字も「加藤」だけど、偶然?

まあ、偶然だよね。


それから加藤さんは、「したイケ」の人と、言葉をいくつか交わして、立ち去った。

 

「えっと、君、植矢(うえや)高校の生徒さんだよね? 部屋にいなくて大丈夫? 先生に怒られたりしない?」

 

したイケ」の人が心配してくれた。
私は答える。

 

「まだ点呼の時間までけっこうあるし、こっちは回ってくるの遅いんです。向こうの……、建物のほうから先に、先生たちが点呼に回ってるから」

 

洗濯室の窓から見える、隣の建物を指さしながら。
したイケ」の人は、私の指の先から隣の建物に視線を移動させて、にこやかに言った。

 

「ああ、あっちの第3棟と、こっちの第2棟、生徒さんが別れて泊まってるものね。あれ、でも、こっちの棟にも先生方、泊まっていらしたはずだけど」
「はい、でも昨日は遅かったです、回ってくるの」
「そう……」

 

チラリ。
したイケ」にバレないよう、ひそかに窓の方向を見る。
まだいる。
まだ向こうの窓にはハイジくんが。
まだ部屋に戻るには惜しい。

 

「どこら辺で落としたか、わか……るわけないか、うーん」

 

したイケ」は、床に屈みこんでコンタクトを捜してくれている。
Ah,ごめんなさい。
落としたコンタクトなんて存在しないの。
あなたのその優しさはどこから来るの。
やっぱり私のこと、好きなの?
メガネっ娘好き?

 

そんなことを思いながらも、チラリ、チラリ、窓のほうを見る。
したイケ」が床を見ている今がチャンス。

 

「やっぱり誰かにストッキング借りてこようか。スタッフの誰かが持ってて、貸してくれるかも……」

 

したイケ」は、その言葉の途中で、窓の外を見る私の視線に気づいた。
しまった、油断してガン見してた。
慌てて、床に視線を落とす。
したイケ」は、さっきまでの私の視線を追っているみたい。
今の私には、床しか見えないから、想像。

 

「窓から第3棟のラウンジが見える。……? 誰かを見てたの?」

 

したイケ」が私に問いかける。
Ah,なんと素直な疑問なの。
まさか直球で聞かれると思わなかった。

 

は、いえ。見てません」
「嫌がらせされたとか? あの中の誰かに」

 

したイケ」は、窓からもう一度、向こうの建物を見ながら言う。
違う、違うの。

 

「違います。気のせいです、見てません」
「あ、いなくなった」
「え」

 

窓の外を見ると、まだ彼らはいた。

 

「まだいますけど」
「立ち去りそうなんだけど、立ち去らない。あの超スローな動きは何なんだろう……。確かに気になる」
「いえ、筋肉痛なだけですよ。私も筋肉痛です。ここに泊まってる植矢高校の生徒は今、だいたい全員、筋肉痛です」
「そ、そうなの」
「そうです」
「いや、そろそろ向こうの棟で点呼が回ってきたのかと思って。こっちの棟もそのうち来るだろうから、君も部屋に戻らないと」
「まだ戻ってないですよ、あの子たちも」
「まあ、そうなんだけど」

 

それから「したイケ」は、また黙って床を捜し始めた。
Ah,コンタクトなど存在しないと教えなければ。
でも、なんでそんな嘘ついたのか、説明できない。
適当な理由を思いつけない。

 

「あ、あった」
えっ
「あった、コンタクト! これでしょ?」

 

晴れやかな笑顔とともに、拾ったレンズを手のひらに載せ、こちらに見せてくる「したイケ」。
え、なんで?
なんでレンズがあるの?
あるはずないのに?

 

「はい。どうぞ。見つかってよかった」

 

レンズを人差し指に受け取る。
だ、誰の。
これ誰のレンズ。
私が受け取っちゃっていいの、これ?

 

「あ、あの」
「何でしょう?」

 

すでに立ち上がっていた「したイケ」は、ニコニコとこちらを振り返る。
返したほうがいい。
人のためというよりも、人のレンズを受け取って、どう処理していいかわからない自分のために返したい。

 

「これ、私のじゃないです」
えっ

 

したイケ」は、レンズと私を交互にまじまじと見た。

 

「わ、わかるものなの? 自分のレンズかどうか。見ただけで」
「あ、いえ、そうじゃないんです。はじめからコンタクトはないんです」

 

ええい、こうなったら全部言ってしまえ。
どうせ、途中まで感づかれていたんだし。

 

「私、コンタクト持ってきてないんです。というか、持ってないんです。メガネ一筋です。コンタクト捜してるっていうのは口実です。ここは、大きな窓があるから。隣の建物を見ていたんです、さっき言われたとおり」
「う、え、はい。え、隣って……やっぱり嫌がらせされたとか?」
「違います。ちょっと気になる子がいて」
「嫌がらせでなく?」
「違います」
「あの、もしかして、真ん中の子?」
なぜそれを
「いや、カンだけど」
「目の角度ですか。視線ですか」
「いや、カンだって。ハイジくん、かな」
なぜそれをッ!
「いや、カンだけど」

 

いくら何でもカンで名前を当てられはしない。
しかも、ちょっと個性的な名前なのに。
この人、いったい何?
親しみやすいイケメンだったはずなのに、なんかちょっと笑顔が怖く見えてきた。

 

「そうか~、ハイジくんか~」
「ハイジくんに何かするつもりですか」
「何もしないけど……、そうか~と思って」

 

えがちょこ笑顔ちょっとい人)は、なぜか遠い目で「そうか~」を繰り返した。

 

「じゃあ、コンタクトはこっちで落とし物として預かりますね」
「はあ。どうぞ」

 

私は、指先のコンタクトを、あやしお怪しいイケメンの)の指先に移した。

窓の外、向こうの建物の窓の中では、ハイジくんたちがゆっくりとラウンジを立ち去ろうとしていた。
私ももう部屋に戻ろう。
あ、そうだ。

 

「お名前、聞いてもいいですか」

 

試しに聞いてみる。
怪しい態度を取られて、ちょっと腹が立ったのもある。

 

「加藤渡瀬です」

 

Oh...,
またもや個性的な名前。
名字みたいね。
そしてハイジくんの名字とおそろい。
偶然?


でも待って。
さっきの、長身の傾いた顔の人も、確か「加藤さん」って呼ばれてた。
この宿には、全国各地の加藤さんが集まる呪いがかかっている……?
って、んなバカな。

 

「そうですか。私は」

 

名乗っていいんだろうか。
もし、悪い人だったら。

 

「1年D組、小崎(こさき)衣緒(イオ)さん」
「なぜそれを」
「ジャージに書いてある」

 

自称渡瀬さんが指さした先には、私が着ているジャージにくっついた名札があった。

 

Oh……,
ジャージ。


Oh,ジャージッ!


ジャージのせいで、こんなところで名前バレ。

私は走り出した。走るしかなかった。

 

「あ、ちょっと。あの、走らないで」

 

自称渡瀬さんの声が後ろに聞こえる。
なんなの。
なんなの、このわけのわからない夜。

 

廊下の角にたどり着き、そこを曲がる。
走るのをやめる。


高校生にもなって、突然走り出すことになるなんて思いもしなかった。
まだ混乱している頭を抱えながら、階段を下りる。
私の部屋は1階だ。

 

廊下を歩きながら、息を整える。

 

ないはずのコンタクトが見つかり。
わかるはずのない名前を当てられ。
優しくしてくれるはずのない人が優しくしてくれた。

 

Oh……,愛してしまいそうよ
いや、んなわけないけど。

 

わけのわからない夜だ。
これ以上は何もせず、おとなしくしていよう。

わけのわからぬ一連の出来事を短く説明するとすれば。


こさきいおンタクトをすふりをしていたら、怖のケメンに優しくされた。そしてそれとはまったく関係ない、すぎる加藤の謎)。

(小崎衣緒・談)

 

(おわり 07/30)