スイカごっこ

今のところ創作の話を少々のびのびゴロゴロと

モスコーミュールおじさん

俺はモスコーミュールしか飲まねえ。
それはモスコーミュールおじさんの名言として長く語り継がれた。

 

「うっぷ」
「大丈夫ですか、折尾さん」
「大丈夫ではないですが大丈夫です、おえ」
「あまりふざけてオエオエ言ってると、ほんとに吐きますよ」
「そうですね……。気をつけます、オエオエ言わないように」


そんなよくわからない会話をしながら休憩室に入ってきたふたりを見て、言堂が挨拶をした。

 

「おはよう。折尾、二日酔いか? 昨日無理して飲んだから」
「私は今、オエオエと平静の境目にいます」
「では私はこれで。あなたがたによきトイレライフが訪れますよう」
「あ、ああ、それはどうも」


制服に「三条鈴花」と書かれた名札をつけた女性は、ふたりに会釈すると休憩室から立ち去った。

その姿を見送ったあと、言堂が言った。


「何者だ? トイレって何だ?」
「『トイレの番人』だそうです、自称ですけど。言堂さん、そんな顔しなくても変な人ではなかったですよ、トイレで介抱してくれたんです、個室のドア開けっぱなしでオエオエ言っていた私を」
「トイレの番人を自称する時点で変な人だと思うが」
「それを言ってしまうと朝っぱらからオエオエ言ってる私も変みたいなことになりませんか」
「俺はオエオエ言う人間のほうがまだわかる、トイレの番人を自称する人間よりも」

 

言堂の言葉に、折尾はまだ血色が悪いままの顔を少しだけ言堂のほうに向けて言った。

 

「言堂さんが基準でしたか。それなら私が何か文句言うこともできませんね……」

 

折尾はまだ酒臭い息を吐いた。
朝の休憩室である。
工場の作業が始まる前に、座って休憩したい者がここに来る。
ここは禁煙休憩室だったため、オエオエと平静のはざまにいた折尾にとっては、タバコの煙がないだけでもありがたかった。

 

モスコーミュールおじさんこと言堂(ごんどう)秀紀(ひでき)と、オエオエ娘こと折尾(おりお)千陽(ちはる) は、ともに休日だった昨日、連れ立って飲みに行った。


「俺はモスコーミュールしか飲まねえ」という言堂の名言が飛び出したのもそのときだった。
楽しい飲みだった。
最初の1時間は。

 

「言堂さん、私、今朝気づいたんですけど、昨日の記憶が飛び飛びになってます」
「オエオエの次はトビトビか」
「えーと。モスコーミュールの説明を延々されたのは覚えてます」

 

目をつむり記憶をたどる折尾の言葉に、言堂は反応した。

 

「延々はしてねえよ」
「延々してました。エンエンおじさんでした」
「泣いてるみたいだな。説明っつったってあれだろ、なんでマグカップに入って出てくるのかとか」

 

言堂がそういうと、折尾は二日酔いでどんよりしていた目をいくらか輝かせて言った。

 

「そう、そうでした。茶色の金属製のマグカップに入って出てきたんですよね、カクテルなのに」
「銅でできたマグカップな。そういう決まりなの、モスコーミュールの」
「本当ですかぁ? 私、カクテルがマグカップに入って出てくるのなんて初めて見ました。それで、モスコーミュールに興味津々になってしまって」
「で、自分も飲むって言い出したんだよな」
「そうでした」

 

言堂は休憩室にかかっている掛け時計を見た。
まだ日勤の仕事開始まで少し時間がある。
それを確認してから、折尾に説明し始めた。

「なぜ延々説明したか」の説明である。

 

「俺が延々説明したのはよう、金属製のマグカップで出てくるっていうお約束を守ってるくらいだし、『この店のモスコーミュールは強い』ってことを言いたかったんだよ。でも、伝わらなかったんだよな、折尾には」
「ええ、まったく理解していませんでした」

 

折尾は休憩室のソファに座りながら、斜めに体を傾けた。少しでも気分が悪化しない体勢を模索していたのだ。

 

「つってもマグカップだけでは判断できねえけどさ、あの店は日本のレシピじゃねえんだよな。本来のレシピで作ってるから、かなり強いんだよ。日本のレシピだとジンジャーエール使うとこを、本来のレシピのジンジャービア使ってるから。味も苦いし」
「渋かったです。ああいうお酒ガツンと飲めたらかっこいいのに、私の肝臓が言うことを聞きませんでした」
「肝臓はいたわってやれ、まじで」

 

やけにしみじみと言堂が言った。

 

「はい。身に沁みました」

 

言葉が途切れた。
折尾が掛け時計を確認してから言った。

 

「そろそろ作業始まりますね。作業フロアに行きましょうか、言堂さん」
「おう」

 

ふたりは仕事をするために休憩室を出た。

工場では2時間ごとに休憩が入る。
2時間後、またもや禁煙休憩室でふたりは出会った。
禁煙休憩室はチラホラと人の姿は見えるが、そこまで混み合ってはいない。
折尾は休憩室のソファにゆったりと腰かけて、自販機で温かいほうじ茶を買い、それをすすりながら休憩していた。

 

「おう。気分はどうだい」
「朝よりはマシになりました。ほうじ茶おいしい」

 

折尾は隣に座った言堂のほうを向いてから言った。

 

「モスコーミュールの名前の意味を教えてもらったことを思い出しました」
「何だ、まだ昨日の話してんのか」
「記憶が飛び飛びなのが気になってしまって。モスクワのラバ、でいいんですか」
「合ってる。ラバに蹴られたくらい強烈なキックがある酒ってことらしい」
「ラバってキック強いんですね……。あ、もともとモスコーミュールが最初にできたのがアメリカでしたっけ、だからアメリカ英語の発音が正しいんですかね」
「たぶん」
「モスコーってモスクワのことなんですよね。やけに発音いいですよね。発音のいい外国語が正式な商品名になってるものって、考えたらあまりないですよね」
「やめろ、次に注文するとき意識しちゃうだろ。Moscow」
「ますこぅ」

 

ふたりは口々に、「モスコー」の発音をしてみた。

 

「言堂さんのほうが発音いいですね」
「伊達にモスコーミュールおじさん名乗ってないだろ?」

 

言堂はなんとなく誇らしげに言った。

 

聞こうか聞くまいか。
折尾はほうじ茶をすすりながら考えた。
作業服のポケットに入れているスマホの存在感を感じた。

 

今はまだ聞かないほうがいい。そう結論づけた。
飛び飛びの記憶が気になる。
何がどうしてああなったのか、まず言堂の説明を聞きたかった。

 

「で、次のお店行ったんですよね。そこまではまだおぼろげな記憶があります」
「おう。つってもよう、俺が誘ったわけじゃねえんだよな、2軒目は」
「……今なんと?」
「俺は帰ろうって言ったんだよ、一応。折尾、覚えてないのか? 1軒目でもう千鳥足だったから、これはもうダメだってんでタクシー呼んだのよ、送るつもりで」
「タクシー! シラフのときには乗らないのに!」
「別にシラフでも普通に乗りゃいいだろう。でよ、行き先を告げようとしてもわからねえのよ、折尾、おまえさんの寮の場所が」

 

そう言われて、折尾はハッとした。そういえば寮の正確な住所を覚えていない。
正確な住所を覚えていなくともタクシーへの説明はできるだろうが、昨日の自分はどうしたのだろう。

 

「え、それでどうしたんですか」
「仕方ねえから折尾を起こそうとした。半分眠ってるみたいだったけど、そこら辺にほっぽり出しておくわけにもいかねえし、俺の寮に連れ帰るわけにもいかねえし」
「あ、はい」
「そうしたら、やけにはっきりと言ったんだよ、住所を。住所というか、目印とか、何が近くにあって、どの通りを行くかとかだな。とにかく普通にタクシーで説明するような内容を、やけにはっきり言い切ったんだよ」
「えええ! 私、寮の住所覚えてないんですけど、帰り方はわかったんですかね?」

 

驚いて聞き返した折尾に、言堂はため息をついた。そして説明を続けた。

 

「そうだよ。寮じゃなかったんだ。その通りに運転してもらったら、そこには2軒目の店があったという」
「何ですか、その不思議な話」

 

折尾は意味がわからずに問うた。言堂は自分にも意味がわからない、とでも言いたげに首を振りつつ言った。

 

「おまえさんがやったことだろう。折尾、なんであんなぐでんぐでんの状態で、飲み屋への行き方が言えたんだ? 自分の寮の住所も言えないのに」
「うわぁ。いえ、すみません、思い出しました。私、言堂さんと行きたいお店があって、すっごく楽しみにしてて、楽しみにしすぎてそういうことになったんですね……。もう私、昨日は『飲むぞ~っ』て朝から張り切っていて、張り切りすぎてそんなことになってしまい」
「そこからはもう地獄だよ。折尾、ぐでんぐでんのはずなのに、盛り返したんだよ。足取りが妙にスタスタし始めてさ。俺がタクシーの中で戸惑ってるうちにスタスタスターって店の中に入っていって」
「今度はスタスタですか……」

 

折尾は額に手を当てて、目を閉じた。
スタスタ歩いて店に入った記憶はあった。
酔いが覚めてきた、と自分では思っていたのだった。

 

「もうさあ、店の中でモメるのは避けたいのよ、俺はおじさんだから。おじさんと若い女の子が飲んでてモメてたら、どう考えてもおじさんが悪いだろ? だからもう、必死よ。折尾のご機嫌取りつつ、これ以上酒を飲ませないよう監視しつつ、不自然じゃない感じで店を出るっていうさ、そういう仕事」
「私、特に若くもないんですが」
「俺よりは若いだろ」
「お気遣いどうも……ではなくてですね、いえ、でも考えすぎじゃないですかね、被害妄想というか。おじさんってもっと社会的な信用があるでしょう、女性よりも」
「そう思うのは、折尾がおじさんとして生きてないからじゃねえかな……」

 

言堂は何だか遠くを見ながらつぶやいた。遠くを見る言堂を隣で見守りながら、折尾は言った。


「そうなんですかねぇ……。そういう状況で何か被害にあったときに非難されるのはだいたい女性でしょうから、女性として生きるのも大変ですけど」
「わかってるなら酔い潰れないでくれ。そんな他人事みたいに言ってる場合じゃなくてさ」
「すみません。なにぶん、記憶が曖昧なもので」
「俺はもう昨日はとにかく、ぐでんぐでん娘に水を飲ませる係と、取り押さえるわけにも行かねえからな、ぐでんぐでん娘が暴れないようやんわり牽制する係と。いろんな係兼任だったよ」

 

今度はぐでんぐでん。
いったいいくつの畳語やオノマトペが出てくるのだろう。
折尾は再び額に手を当てた。
二日酔いの症状はかなり治まっていたが、言堂の口から聞く己の所業にズキズキと頭痛がしてきたのだった。

 

しかし聞かねばならない。
2軒目で水しか飲んでいなかったのなら、さらに酔うことはないはずである。

折尾は、寮に帰ったあとのことは覚えていた。帰りついた時間からして、行った店はおそらく2軒のはずだった。
これ以上ひどいことは起きない。起きないはずである。起きないと願いたい。
そうやって己の酔態に羞恥をひととおり感じたあと、言堂の苦労にねぎらいと感謝の気持ちを持った。

 

「本当にすみません……。お手数おかけしました。タクシー代も払います。あ、タクシー乗ったのは1回ですか?」
「いや、もう1回。けど、別にいいよ」


モスコーミュールおじさんこと言堂は、さらりとそう言った。
折尾は「あとで、払ってもらった分をどうにかして返すこと」と心にメモ書きした。

 

ここで休憩時間が終わりかけたので、ふたりとも作業フロアに戻った。
次にふたりが出会ったのはまた2時間後、今度は昼休憩中の食堂でだった。

折尾はタンメン、言堂はミックスフライ定食が載ったトレーをそれぞれ手にしての邂逅だった。
折尾は、言堂に、朝から聞きたかったが聞けなかったことを聞くことにした。

 

「私、帰ったあとの記憶はあるんです。もうすでに頭がズキズキ痛くなり始めてましたけど、それでもタクシーに乗って寮に戻って、そのあと眠ったことは覚えてるんです」
「そうか。じゃあまあ、もういいんじゃねえかな、昨日のことは」
「いえ、それが。あの……」
「……」
「昨日、8時半くらいに私、何か言ってませんでしたか?」
「ああ。うん。まあ、うん」

 

言堂は唐突に歯切れが悪くなった。

 

「あ、やっぱり。今朝ラインチェックしてたら、昨日のそれくらいの時間に間違いラインが来てて」
「うん。元彼氏な」
「あ。やっぱり。言っちゃいましたか、私」
「うん」
「すみません、暴れたりしませんでしたか、私」
「うん。まあ、うん。つうか、俺のほうが謝らなくちゃいけないんだよな」
「え……、何をですか」
「いや、うん。まあ、説明するとだな。まず、そのラインとやらが来た。元彼氏が間違えて送ってきたっていう。で、それをスイスイっと読んで、折尾が言うわけだ」

 

モスコーミュールおじさん言堂が語った話は、だいたい以下のようなものだった。

 

「ああ、また」
「どうした」
「間違いラインです、元彼、しょっちゅう間違えて送ってくるんです」
「間違ったふりして連絡取ろうとしてるんじゃねえのか」
「違いますよ。だってこれ、今の彼女へのラインですよ、ひっどい内容です。これじゃ間違ってるって指摘もできない」
「指摘すりゃいいだろ、もう別れた相手ならそんなに気を遣わなくても」
「そうなんですけど、私失敗したなあと思って」
「何が」


言堂はモスコーミュールの銅製のマグカップを弄びながら、折尾のほうを見ながら聞いた。
折尾は酔いが抜けつつあるのか、受け答えがだいぶ明瞭になりつつあった。
明瞭折尾は帰り道がわからないと言い出し、スマホで現在地を調べていた。そのさなかに間違いラインが来たのだった。

 

折尾はスマホをテーブルの上に投げ出した。
言堂が何か言う前に、水の入ったグラスをつつきながら言う。

 

「あの人を選んだこともそうですけど、別れるときに『友達としてこれからもよろしく』って言われて、それを受け入れてしまったんです。失敗だった」
「ああ。友達少ねえのかな、そいつ」
「さあ。何を友達と呼んでいるのかよくわかりません。今付き合ってる彼女も『元友達』のようだし。私と付き合ってるときもその彼女とふたりで会ったりしていたし」
「逆に友達が多いのか」
「わかりません。で、私、別れたからって関係をぶった切らないのが大人の女、ってなぜか思い込んでいて、だから『友達』のはずなんですけど、今も」
「友達、の、はず」

 

言堂は折尾の言葉を、区切りながら繰り返した。
折尾は言堂のほうを一度見て、水をひとくち飲んで話を続けた。

 

「はい。でも、こういう間違いライン多いんです。私の名前と今の彼女の名前が似てるせいもあるのかもしれません。けど、基本的になんだかうっかりした人で。で、今の彼女へあてたはずなのになぜか私に送られて来るラインを見るたびにですね、なんだかこう、嫉妬じゃないんです、でもなにかを感じるんです、自分の何かが削れていくのを」
「……」
「プライドとか、メンツとか。たぶんそういうものなんでしょうけど。くだらないといえばくだらないんですけど、でも削れていくんですよね。だから、聞き分けのいいふりして友達になんてならなければよかったなって。嫌だったら嫌だって言えばよかった。もうあんたの顔も見たくないし、連絡も取りたくないって、言いたかったのに言えなかった」

 

吐き出すような折尾の言葉に、言堂が何と返せばいいか考えているうちに、テーブルの上に乗った折尾の携帯が震えた。

 

「お、また」
「ああ、しつこい。間違いのくせにしつこい」
「おい、何だよ」
「もう見たくありません。言堂さん通知切っといてください。大したもん入ってないですし、勝手に操作していいですよ、私の携帯」
「いいですよっておまえ。俺はおじさんだぞ」
「教えましょうか、これが通話で、これがラインで、こう、スイスイっとやったり、ペッと指で押したりすればいい、それだけです」
「いや、ちょっと、なんだその適当な説明……って、また。しつこいな間違い」
「ギムレット」
「あ、なんで注文してんだ。つうかまたそんな強めの酒を」
「飲まずにいられますか。私が潰れるかラインが潰れるか勝負なんです。忍耐力の勝負」
「なんで会社と勝負してんだ。本人にいったほうが早いだろ、『間違えるな』って」
「うぷ」
「おい、飲むペース」

 

以上がモスコーミュールおじさん言堂が語った話の、だいたいの内容だった。

 

「ああ、私……。すみません、ほんとに個人的なことべらべらと」

 

折尾はタンメンをすするのも忘れて話に聞き入っていた。
このままでは麵が伸びてしまう。そう思い、やっと食事に手をつけはじめた。

 

「いや、まあそれはいいんだけど。だからよう、俺は折尾のスマホを渡されて、やっちまったんだよな」
「何をです」
「俺はおじさんだぞ。最近の物なんかわからねえよ。昔ながらの『もしもし』だよ」

 

言堂が左手で、昔ながらの電話をかけるジェスチャーをするのを見て、折尾は目を見開いた。

 

「あ。言堂さんでしたか。通話履歴があったんで、私が酔って元彼に電話かけたのかと思って胃がキリキリ痛くなってたんですけど」
「俺だ。仕方ねえだろ、デッド・オア・アライブに酒をあおりはじめちゃったからよ、折尾が」
「お手数おかけしました。その後、本人から『間違えて申し訳ありません』とのラインがありました。何言ったんですか、言堂さん」
「何って、特に何も言ってねえよ。『間違えないでやってくれ』ってそれだけだよ」

 

折尾は、心の底がほんのりと温かくなるのを感じて、少し微笑んだ。
それから、またひととおりお互いに謝り合う、謝罪タイムがふたりのあいだに訪れた。
失礼な言い方をしてすみません、こちらこそ勝手なことしてすまない、謝罪タイムのだいたいのトピックはそこに集中していた。

そんな謝罪タイムのあと、言堂は昼食のミックスフライ定食に箸をつけながら言った。

 

「そのあとはすでに説明したとおりだよ。ひとりで帰しても大丈夫そうに見えたからな。タクシーに折尾を乗せて、『バイバイ』」
「バイバイ……、ちょっと悲しい響きですね」
「なんでだよ。いつかはバイバイするだろ。『一緒に帰りたかった』とか言わないでくれよ」

 

言堂が冗談めかして言い、折尾はちょっと笑って、それから麵をまたすすった。

昼食を終え、ふたりはそのまま休憩室に移動した。

 

「あの。ほんとにあれなんですけど、もうやけ酒は飲まないので、また飲みに誘ってもいいですか」
「お? 俺はいいけど、折尾のほうが嫌かと思った」
「恥ずかしくはあります」
「今さら恥じらわれても」
「私、お酒の飲み方、もうちょっと上手にきれいに飲みたいなあと思いました」
「まあ、目標は高くな」

 

言堂が笑いながら言う。折尾も安堵して笑った。

 

「ああ、でもよかった。断られるかと思いました、私、ひどい酔いっぷりだったみたいだったから」
「いや、確かにひどかったけど、もっとひどい酔いっぷりってのもあるからな」
「じゃあ、次は、次こそは私がちゃんと覚えてる状態で、お酒の味を味わおう会ってことで」
「おう。言ったな」
「言いました。よし、決定ですね。後からやっぱり嫌だなんて言っても聞きませんよ」
「言わねえよ。俺はモスコーミュールしか飲まねえけどな」
「知ってます。私もそういうお酒がほしいです、自分のあだ名になるような」
「おう」

 

それからふたりは休憩室を出た。
午後からの仕事に向かうためである。

 

折尾は、心にメモしたことを繰り返した。
次はできるだけ自然に言堂におごる。昨日おそらく払ってもらった飲み代の分と、タクシー代、次は自分が持とう会である。

 

それから、言堂が酔ったところを見てみたい。
おぼろげな記憶しか残っていなかったが、その記憶の中で言堂は、モスコーミュールをパカパカ空けてもまったく顔色が変わらなかった。顔色も言動も。

 

モスコーミュールおじさんはモスコーミュールしか飲まない。
そのことを自分は長く語り継ごう。
折尾は心に決めた。

 

(おわり 016/030)

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

直接つながっている話ではないのですが、こういう話もございますぜ。

 

「モスコー」自体、恋愛の話なのですかね。自分でもよくわかりませんが、恋愛つながり…と言っていいのかどうか…。

 

↓最初にチラッと出てきた、トイレの番人こと三条さんの話。恋愛…なのでしょうか。

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↓これは恋愛…なのか?という疑問しかない感じの、謎の人間関係の話。

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↓恋愛だろう、恋愛と言っていいだろうこれは、と私が思う話。

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恋愛が書けないことを暴露しているかのようなマイ創作でござった…。ううむ。